「ため息もゆげになる」
つい最近まで暖冬だと言われていたが、
その頃からすでに寒いと思っていた。
それなのにここ2,3日でグッと冷えてきた。
ちょっと風でも吹こうものなら、
たまらなくひりひりして、毛皮という毛皮を、
ダウンというダウンをいくら着込んでも
足りやしない、というくらいだ。
電車を待つ時間が長く感じる。
堪えがたい。景色全体がぴりりとしている。
外を出歩くなら、
宇宙服みたいな完全防具をつけて、目だけを
覗かせていたい。
もうバーチャルリアリティの世界と同じだ、
と思う。
*
10代後半の女子たちは案外着込んでいるが、
「さむっ」「ささささっ」
「やばさむ」「さ〜〜っ(震え)」
という声がどこからともなく聞こえてくる。
その様子は、どっかのテレビのニュースでも
取材していたけど、とてもよく分かる。
暖冬だなんて、知るか、寒いんだよ。
これを受けて、コメンテーターが
季節を問わず空調による「快適温」が若者のふつうに
なってしまったのだ、という。
ちょっとした寒さでさえ「異常事態」だと
思えてしまう。
それはつまり、季節を受け入れることが
できない感覚になってしまったのではないか。
ということをしゃべっていた。
若者っていつでも叱られるよなあ。
ただ普通にしているだけなのに。
いやしかし、いまや、ふつうにしている事自体が
人として脆弱なことなのかもしれないと思うと、
怖くもなる。
*
とにかく寒い。
肩をすくめながら、ああ、
こういう時は楽しいことを想像しよう、
と思う。
たっぷりのおふろとか。
熱いシャワー、蒸気、だしっぱなしのお湯、
風呂上がりのほんのりした汗、
はだしで柔らかい絨毯をわさわさ、
ふつふつ鍋で煮だしたミルクティ、ゆげ
猫のあご、腹の白い毛、
口もとにほくほくしたカップをもってくる。
昔どこかでみた広告かなにかのキャッチフレーズを
思い出す。
「ため息もゆげになる」
いいなあ。
2015/12/29