worksは8/24に更新しました.

絵の描き方のこと

絵について。

人にはそれぞれ絵の描き方があって、
長く絵を描いている人ほど
自分の描き方には理由があるものだと
思います。

なんとなくだとしても、
そこにたどり着いたのは
ちゃんとした力が働いているんです。

ビーズを机からこぼしてしまって
落ちた先の床をさがしてたけど、
そことは反対方向に見つかるとき
「なんでまた
そんなところに転がったの?」と
思ったりしますけど…。

ビーズに重力が働いているように
自分に適した絵の描き方にも重力があって
勝手に転がるようにやってくる。

そして、それは一見望んではいなかったり
邪道のように思えたりするもの。
でも、じつはそれが自分らしい絵の描き方
だったりするんです。

ぼくの場合は、
描きながらイメージが徐々に
はっきりしていくタイプなので、
(描く前からはっきりと頭に
イメージができている人もいるらしい)
描いて消して、を延々と繰り返すという
やり方が性にあっているんです。

なので、必然的に
鉛筆で描くことに。

ペンで消せない線を描いてしまうと、
後戻りができなくて後悔することが多いんです。

で、下書きの鉛筆の線をそのまま
本番に活かすので、線を汚さない水彩が
自然と合うかなということに
なっているんです。

色鉛筆とかパステルとか、
筆圧がかかったりこすったりすると
せっかく描いた鉛筆の線が
混ざって汚れてしまうんですよね。

(余談ですが、鉛筆で描いた主線を
パソコンで色付けするというのも
最近みつけた自分合う描き方。)

ちょっと話は変わりますけど、
前の作文でも引用した
吉本ばななさんの以下の文章。

「まるでスポーツの試合のように、
ただ全身で、その場に求められていることを
判断すること。
そうしたら扉は開く。
別に幸運に向かってというわけではなく、
ただ、自分の道に向かって。
とてつもなく大きななにかの流れに乗って。」

いま、自分がいるこの場で
求められていることってなんだろうと
考えると、
絵のなかの人(モデルさん)たちに魂を込める、
ということだと思うんです。

いつもしているつもりだけど
油断すると、なかなかできなくて。

それを実現するためには、
やっぱり、描いて消して、が合うよなと。

時間の関係で、とか、
ま、こんなもんでいいかなとか、
別なことに気をとられながらとか、
毎日のことが丁寧でなくなっているかも、
つまり、
求められていることに
答えられていないかも…
そう思ってぞっとしている最近。

余計なことに気を取られずに
丁寧に絵と向き合う時間を
つくろうと思っています。

話はさらにそれますが、
近頃は絵のことばっかりで
「ことば的」なおもしろさはどうした?
と自分でも思っているのですが
そちらも複数ゆっくり進めています。

絵と違って「ことば的」な角度の作品は
日々かたちにできるものじゃないので、
長いスパンをスローモーションのように
楽しんでいるという感じです。

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