worksは8/24に更新しました.

捧げる才能

飲み屋のキャッチの人を見ると、
あれはすごいと思う。
 
みんながみんなうまい。
「うまい」っていうのも変だけど、
僕がやると、たぶん下手な「演技」に
なってしまう(にもならないか…)けど
彼らは演技を飛び越えて、なりきり。
すごい。
 
なんというか、まごまごしてないし、
どもらないし、肩の力がほどよく抜けて、
自然なふるまいなのだ。
 
呼び込みのときの決まり文句も、
歌舞伎の決め台詞やかけ声のように
キマっている(大袈裟か)。
 
まあ、当然といえば当然だけど、
自分に置き換えると、絶望的に違和感が
ありすぎて、絶対できない。
がんばって声を出しても「もご」しか
出ず、そこで誰にも聞いてもらえずに
ふいっとされると「もにょもにょ…」と
自分でもなにを言っているか分からない
危機的状況に追い込まれるので、
その分「できる」人が輝いて見えてしまう。
 

 
仮面ライダーのショッカーたちも、
あれ、すごいでしょう。
 
忠実にシモベをやりきっている。
誰ひとり、違和感を持ってやってない。
という感じが伝わってくる。
 
もし、「オレ、向いてないかも」
というショッカーがいたなら、
あんなにテンション高く奇声を発して
戦ったりしないでしょう。
 
ショッカーしかり、飲み屋のキャッチも、
コンビニなんかの店員見てもそうだけど、
あの「捧げてる」感、見上げてしまう。
 
言い替えると、環境対応力というか、
集団に馴染む能力というか。
ぼくには無い。
自意識の方が強くて、
「い、い、いらっしゃいませー」
みたいな、これほんとに自分が言うの?
って思って声が震えてしまう気がする。
 
しばらく家にこもって、
「描く/考える」に没頭していると
周囲への適応力の衰えを
如実に感じて、恐ろしくなる。
 

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