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作文の基本は「お悩み」

とうとう作文の数が、
570まできた。
 
始めたのは、確か2011年の12月1日から。
 
そのときはとにかく暇だったのと、
自分のホームページを作り込むのが
楽しかったのとで、
毎日作文を更新していた。
 
しかし半年後、操作ミスで
サーバー上のデータをすべて
消してしまう。
 
したがって150ほどの作文を
消失したことになるから、
あわせると
700まで届こうか、というところ。
 
ちなみに、
データが消えた時
(つまり、このHPの最初の投稿時)
の生の声は、ここから
 

 
そもそも、作文及び日記を書く習慣が
ついたのは高校生の時から。
 
今更になって思うけど、
自分にとって
作文を書く意味ってなんだろう?
 
ぱっと思いつくままに
一言でいうなら、
セラピー。
日本語で言うと心理療法。
 
ではないかと思う。
 

 
ちょっと話を方向転換
させるが、
呪文っておそろしい。
 
たとえば、
「君は馬鹿じゃないんだから」
とか。
「じゃない」と言われてるのに、
半分くらいは
そう言われてる気がする。
 
ぼくは食べるのが遅いが、
「いつまでも飯食ってんじゃないよ。
口の中でウンコになっちゃうぞ!」
と言われた場合も、
そんなことぜったいならないのに、
なるような気がしてくる。
 
…これは、良くない方の例だけど、
言葉だけで、生まれる気持ちがあるし
一方で解消されることもある。
 
恥ずかしいことがあったときには
「恥ずかしかった」と。
やりきれない気持ちになったときは、
「やりきれない!」書くだけで、
不思議と、なんとかなるような気がする。
 
大事なのは、「気がする」ということ。
 
「気がして」さえいれば、
実際そうなのだといってもいい。
 
言葉はなにかに作用する力を
持つことがある。
 

 
それが自分にとって
意味があるかないかは、
悩みがあるかないか、と
同じだと思う。
 
悩みがなければ、
別にかまわない。
 
悩みがあるというのは、
もうちょっと、こっちの方向に
行けたらいいなと思うこと。
 
今よりも、もうちょっと
なにかを移動させたい。と。
 
そんなときの推進力の源と
なるのが、言葉だったりする。
 
必然的に、本心を書かねばだし、
悩みを解決したい思いで書くから
嘘をついても、恰好良さげなことも
意味はなし。
 
割と土まみれなかんじ。
 
作文を書く基本は、
自分の悩みをとらえて、
それについて具体的に考えること。
 
悩みは、大なり小なり途絶えない。
というわけで、作文は続く。

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