いのちの場所vol.1(神社をつくるきもち篇)
ぼくの地元の小平市は、江戸時代
玉川上水という川の開通にともなって
発展した新田村落であったそうだ。
(新田村落とは、読んで字のごとし。
それとなく察してみてください。)
その時代の面影を
今もなお残している公園がある。
「小平ふるさと村」という場所で、
江戸から明治にかけての建物が
移築されて一画にまとめられている。
そこだけタイムスリップしたような空間。
何度行っても興奮する。
昔の家の中は、こんな陽が照っている
昼間なのに真っ暗なのか。とか、
(外が明るいから余計にそう感じるのか)
古民家といえば畳、
しかし当時の普通の民家に畳はない。
土みたいな地面にもさもさワラを縒って
作った敷物をしいただけ、とか。
室内で火を焚くので、きっと体中が
煙臭かったろう、とか。
そんな昔の日常を想像して、
恐ろしくも、興味深く観察する。
*
当時の村の配置図をもとに作られた
模型があった。
水道も電気もないから、川は全て
各々の家の前まで引かれている。
水車、畑には欠かせない、
川はまさに生命線。
現在だったら水道、電気、野菜って
どこからやってくるのか
実感のよく湧かないまま使っているが、
当時を考えると、
水は人力で作った水路から、
穀物を挽く動力は水車から、
野菜や食べ物は自ら作るか、自然から
採ってくる…という生活では、
直接自然と繋がっている実感が
あったに違いない。(当然か)
これは今と昔との大きな違いだと思う。
*
さて、その村のちょうど中心であり、
入り口付近でもある場所に、
ひときわ大きな建物があった。
神社である。
ぼくの感覚だと、神社って、生まれた時から
そこにあるもので、
どうしてそこにあるかなんて、
考えたこともない。
新しく村を作るにあたって、
どうして神社なんか建てようという
気分が湧いたのだろう。
前置きが長くなりすぎたので、
詳しくは次回。
「いのちの場所」というキーワードが
当てはまるのだとぼくは思う。
これは宗教思想というよりも、
れっきとした、学問として語られている
ものだという。
学者である清水博『コペルニクスの鏡』
という児童向けの読み物に
「いのちの場所」というワードが出てくる。
なんとなく大事なことに思えるので、
また次回。
2015/08/19