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空気と共にいる

(速報)
気圧計を毎日見てるんだけど、
昨日の日中から、高い。

短絡的に「高気圧は晴れ」っていう
イメージがあるんだけど、
なぜか雲ってる。

しかも、かなり涼しい。
半そででいると、すこし寒いくらい。

どういうことだと思って調べると、
オホーツク海のあたりに発生した
つめたくて、湿った高気圧が拡大して、
東京あたりまで
下ってきているんだって。

なるほど!
東京より北のみなさま、
ただいまの空気は、オホーツク由来です。
想像をめぐらしながら
深呼吸してみましょう。

(ちなみに西あるいは南の
みなさまは、太平洋由来です)

まったく別の話。

Radiotalkで毎週土曜日に
絵本を検索しながら雑談する番組を
配信しているんだけど、
次回の収録では「怖い絵本」を
テーマにしようと思っています。

ちょっと飛躍した話になるので、
Radiotalkでは語り切れないだろうな。
と思ったから、ここに書こう。

ことろのばんば
という1990年にこどものともの
シリーズとして刊行された絵本。

やまんばみたいなばあさまが、
子どもたちをさらって、
つぼに閉じ込める。

閉じ込められた子どもたちは、
ばんばが家に着くと、
外に出してもらえる。

ミニチュアみたいに小人になった
子どもは、楽しそうに遊んでいる。

さらわれたことを、
奪われた自由と、
その恐怖や不条理さを、
果たして子どもたちは
認識しているのか。

まるで死んだあとに、
あの世で遊んでいるかのような
ふしぎで、怖い夕暮れのシーンが
描かれている。

表現しがたいヤバさを
感じる。
こちらのサイトにそのシーンが
掲載されているので、
ぜひ見てほしい。

面白いなと思ったのが、
そのブログに書かれている解説。
読んだら、ふしぎと
ぼくの中で気にかかっていた事が
つながってすっきりしたんです。

この方は「ことろのばんば」と、
ゲーテの「魔王」とを、
結びつけた考察をしている。

なぜなら「魔王」にも、
「ことろのばんば」のように
誘拐シーンがあるから。らしい。

その表現が、比喩であると。

「魔王」の中で少年を誘惑して
死の世界にさらっていく魔王は、
つまり、自然そのものである
という考察。

以下ゲーテの
「自然-断片」より引用(同サイトから)。

自然!
私たちは彼女に取り囲まれ、抱かれており、
彼女から出て行くこともできず、
彼女の中へより深く入っていくこともできない。
招待することなく、警告することなく、
彼女は私たちを輪舞の中へと連れ去り、
私たちを駆り立てる。
私たちが疲れ果て、
彼女の腕から滑り落ちるまで。

最近、ぼくは空気のことが気にかかっていて。
上記の「彼女」を「空気」と仮に呼び変えても
いいかもしれないな、と思った。

ぼくらは、空気に囲まれ、
空気から出て、暮らすことができない。
かといって、
空気からの声、空気という存在そのものを
意識しているわけでもなく、
何も知らないでいられる。
その中で、人間同士で勝手に
ああだこうだ、すったもんだやって
そのうちに、命をおえる。

自分に一番身近なはずの自然を
自覚しないまま、
人間関係の浮き沈みに熱中して
(良くも悪くも)
一生が潰えてしまう。

「ことろのばんば」でいう
つぼに閉じ込められた
子どもたちの、
「捕らえられたことも忘れて
遊んでいる様子」が、
自分自身と重なって、
はっとする。

子どもたちが、つぼを自覚して、
外に意識が向かうことが
救いであるように、

人間関係にすぐ疲れがちなぼくも、
空気がある、と思ったり
自然のことを意識することが、
ある意味本来の自分自身への逃げ道になる
という気がして。

やっぱり「空気と共にいる」という
外へ向かう意識は、
心のよりどころになるんだよ、
と再確認できたような気分。

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