真実な嘘
「この夏、一番の体験」
と呼べるものがあったか。
まだ夏は終わっていないけど、そろそろ
こりゃあ一番だな、と思えるようなことが
起きていてもいい頃合い。
他の人にとって、どんな体験が
「この夏の一番」なのか
気になるところだけど、
いやあ、ぼくにもありました。
それは、夜のサイクリングでのこと。
ある夕方、ひと段落ついて、
コンビニにいって描いた絵を
スキャンしてこうようと、
自転車に乗っていくと、曲がり角で、ふと気が付く。
「あれ、ここ曲がったことないな」
まだ暗くなる前だったので、スキャンを済ませて
急遽、散策に行ってみた。
グーグルマップで以前予習していたから、
この先には、前にテレビで映っていた自然公園が
あるはずだった。一度見てみたいのだった。
しばらく進むとあたりは急激に田舎になった。
地平線が見えそうなくらい広い畑の先に、
こんもりと雑木林が高まっている。
アスファルトが徐々に土の道になり、
街頭がひとつずつ、なくなっていく。
あっという間に雑木林。
あとにも先にも、どこを見回しても雑木林。
街頭が全くない。空が葉に覆われて、
やがて紫から紺色へとっぷりと日が落ち始めている。
行く先はとうに真っ暗だ。
来た道は、と振り返ると、こちらも真っ暗。
困った。
とにかく先を急ごうと思うが、
なぜか電波が入らなくなり、マップが働かない。
雑木林にある細い道は、突き当たると
たいがいT字路になっていて、ぼくを迷わす。
そちらだろうと思う方向へ折れるが、
また分かれ道だ。
そうこうするうちに、すっかり闇になってしまった。
自分の自転車のライトの他には
ほとんどまわりが見えない。
途中廃墟のような小さい工場が点在する。
虫たちがこれでもか、というくらい奇妙な音で
自己主張している。
怖いくらい、うるさい。
はっとして、急ぐ。
でこぼこ道を避けてハンドルを切る。
ライトが左右に振れる。すると、
とつぜん、ありえないものが目の前にあらわれた。
膝の高さくらいの小さい妖怪だ。
ライトに照らされて、ぎろりとこちらを向く。
だれもいないと思っていたところへ、
いきなり現れると、大いにびっくりする。
しかし、それはお地蔵さんだった。
道に数体、等間隔で現れる。
どちらにせよ奇妙極まりない。
夢中でこいで、あっちにまがり、こっちにまがり、
ようやく広い道にでた。
と、まあ、こんな体験。
こう話しても、伝わらない。
ちょうど怖い夢をみて、
「とにかく、走っていたんだ。
夢中でにげて、にげて、にげていたら…
目が覚めたんだ。」
と頑張ってしゃべっても、
相手にはまったく伝わらないのと同じだ。
お化けがでたとか、オチのある体験じゃないからさ。
でもそのとき自分はとっても怖かった。
日常では感じえない鋭い刺激。
新宿や渋谷、はたまた中央線沿いなど、
文化度の高いところには
とうていありえない経験であった。
都市部の良さが余裕でかすむくらい、
その土地での体験は魅力的なこわさだった。
暗い、なにも見えない。
だから、余計なにかいっぱいいるんじゃねえか。
と思えてしかたなくなる。
なにかいる気はするけど、わからないし、
わからないものを人に話しても、
伝わらない。
それなら、それは妖怪なんだ、と
形づけてやると、怖さはわかりやすくなる。
*
体験することと、こうして書いたり、しゃべったりして
伝えることの間には大きなギャップがある。
こわい体験から生まれた妖怪とか、怖い話ってのは、
嘘の名を借りた真実という気がする。
2016/08/25