幸福の土地
シュティフターの「水晶」(岩波文庫)
を読んでいると歩きたくなりました。
この「水晶」は、1850年代頃に
出版された小説。
山奥の盆地にある二つの村が
舞台となっています。
ごく簡単に言えば
この二つの村を一組の兄妹が
行き来する際に起こる事件の話。
村と村は山を隔てているうえに
交通の便も発達していないため、
殆どの人はそこを歩いて行かなければ
ならないのでした。
その距離は、歩いておよそ3時間。
小学校高学年くらいの兄のコンラートと、
低学年かそれより小さい妹のザンナが
たびたび祖母の家に遊びにいくのに
ふたりは山を越えていく。
*
読書をしていてふと思う事がある。
自分が体験したことがない話を
本で読んだときに、その内容を
手放しに信用していいものか。
「3時間」という距離はいかほどか。
これを確認してみたくなったのです。
そこで歩く事にしました。
*
ある帰り道、だいたい目星をつけた駅で
途中下車して、ぽつぽつと歩き始めました。
はじめのうちはわくわくして
歩を進めるのだけれど
次第に足が重くなってくる。痛くなる。
でもここで中断するわけにはいかない。
まだここは本の中では、山のど真ん中。
こんな寒さの中で野宿するわけには
いきません。
実際ぼくの歩いた道は、
新青梅街道という大きな通りだったので
車の通りが激しく、一本道でもあったし、
だんだん飽きてくる。
小さなビルが密集し、人よりも
車の方が多い。騒音はしても
どこか閑散としている。
通りは広いのに狭苦しい。
とうとう3時間が経ちました。
じぶんの家がある狭山丘陵にさしかかると、
くたくたな気持ちは一気に和んできました。
山なりに高い所から木々がこちらを
見下ろしている。
心が広い人のところに帰ってきた、
という感じがしました。
そう言えば、「水晶」を読み終わったのも
ちょうど3時間でした。
2012/12/02