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反省点

ふと思い出したのですが、
こないだ吉祥寺のヒトト
打ち合わせを兼ねた雑談を
三人でしているとき、
店員さんがお水と、箸と、
箸置きと、かわいい布のお手拭きを
順々にていねいに置いてくれるのをみて
つい「いいなあ…」と言ってしまいました。
 
それがなんだ、という話ですが、
ぼくは絵本をみても、いいなあというし、
音楽をきいても、いいなあという。
料理に得体の知れないスパイスを
ふりかけてるのをみても、
いいなあというし、
雪が降っているのを窓からみて、
いいなあ、という。
 
さくら039
 
こないだ友達に「いいなあ」とばかり
言うことを指摘されて、
表現力のなさ見抜かれたと思って、
冷や汗をかいてしまいました。
 
どうして、とっさに出てくるのが
いいなあ、なんだろう、と思って
考えながら本屋を歩いていると、
ちょうど暮らしの手帖が目に留まって、
開いてみたら、
佐藤雅彦の「考えの整頓」の連載の
ページでした。
 
いまgggでやっている「指を置く」展についての
記事でした。
 
ある図版の上に指を置くと、
自分の指がまるで絵の中で直に
作用しているように錯覚してしまう、
というもの。
たとえばこんなもの
 
脳の作用が、理屈や理性的な解釈を
飛び越して直に伝わってくる。
という文章が書かれていた気がします。
 
そこにこんなことも書いてありました。
人は「まず好きになってしまう」というもの。
どこがどうだから好き、というより前に、
まず好き、と思う方が先なのだっていう。
 
わたしがあなたを好きなのは
あれとこれとあれとそれと、と
頑張る人がたくさんいそうだけど、
分かんないけど好き、という方が
脳としては正確なのかもしれません。
 
つまり、ぼくのいう
いいなあというのも、
「まず好き」という状態であって、
まだ理由として言葉にかたまっていない
という段階なんだなあ、と思う。
 
でも、感じた好きさを、
ちゃんとだれかと分かち合おうと
するなら、具体的に言葉に表さないと
いけないなあ、と思っていました。

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