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今回の実験「あたらしいロゴをかおもじサインにしてみました」

違和感な表現について

たまーに思い出すんだけど、
三谷幸喜の映画「ラジオの時間」で、
「上を見上げる」という表現は
言葉の重複なので、
「上を見る」に訂正してください
というワンシーンがあった。
 
それが、正解なのか、
間違った使い方なのか、
はっきりしないことって
けっこうある。
 
よく使っているけど、
あれって、たしかに無駄のある
表現だなと。。
 

 
1980年代後半から90年代にかけて
週刊朝日で連載されていた
「日本語相談」の中で、
読者からこんな相談が寄せられていた。
 
「日常会話やテレビなどで
よく使われる言葉に、
一番最初、いま現在、あとで後悔する
たしかな事実、長い間ご無沙汰、
口で喋る、耳で聞く、外に出掛ける、
中に入る、後ろに下がる、二度と再び、
…といったものがありますが、
これらの言葉は重複表現で
間違っていると
解釈するべきでしょうか?
それとも慣習として
許容すべきでしょうか?」
 
ただただ、引用だけで面白くないけど、
メモとして。
 
回答は井上ひさし。
 
結果だけ抜くと
「類語を反復することで
相手にそのことを強調しよう、
そこのことを印象づけようと
するのではないか。
似かよった言葉を並べてその意味の
滞空時間を長引かせようと
するのではないか。
もうひとつ、語呂の良さ、言いやすさ…
…という次第で、重複表現を
間違いだとは考えておりません。」
 
という。
 
それよりも、面白かったのは、
重複表現ではないが、
昔あった矛盾表現を紹介していた。
 
「ひとり息子の
三人兄弟、
川へ流され焼け死んだ」
 
「若い年寄りの女のじいさん、
火事で焼かれておぼれて死んだ」
 

 
ぼくも小学生の頃に
こんなのを友達に教えてもらったのを
覚えている。
 
「うまれたばかりのばあさんが、
黒い白馬にまたがって、
前へ前へとバックする。」
 
それを言った友達は、今でいう
どや顔だった。
 
これを面白がれるということは、
言葉の意味をイメージとして
解凍できるということ。
 

 
受動的な試験というものが
あってもいい。
 
年中さん~小学校低学年くらいの
言葉のテストとして
矛盾表現を面白がれたら、100点。
意味が伝わらなかったら、
その段階が知れる、
ということにしたらいいかもな。
 
面白がる練習というのが
あってもいいかも。

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