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今回の実験「あたらしいロゴをかおもじサインにしてみました」

間接的な会話法

今住んでいるところは、
まあまあ築年数を
重ねているアパート。
 
だけど、
リノベーションしたばかり
とのことで、外観内装ともに
新しくて素朴な風合いがあった。
 
引っ越したてのときは
「壁の厚さ」や「密閉性」は
けっこう丈夫なんじゃないか
と思わせる見た目だった、
という覚えがある。
 
つまり、
ある程度、防音なのではないかと。
 
というわけで、
大きめのアンプとスピーカーを
持ち込んで、
音楽をかけて楽しんでいた。
 

 
数日後、
同じアパートの一室を
飲食店にしてるお店で
ごはんでも、と、
大家さんからお誘いを受けた。
 
食べながら話していると
「きみ、音楽好きでしょ?」
とさりげなしに言われた。
ん?
なぜ、そう思ったのだろう。
と考えて、はっとした。
 
音楽好きと言われる

ぼくが音楽を聴いていることを
知っている

ぼくの部屋で流れている音楽が
外に聞こえている

このアパートの壁は
想像以上に薄い

ぼくの出している音がでかい

近所迷惑!
 
冷や汗をかきながら
「あー、すみません。
音、気を付けます。」
と苦笑すると
「いや、いいんだけどねえ」
とにこやかに笑ってくれた。
 
それ以来アンプとスピーカーを
撤退させたのだが、
おとなになると、何を伝える際に、
間接的な表現をつかったりする。
 

 
似た話では、
桂米朝の「京の茶漬け」がある。
 
客先での帰り際、
「あの、何もおへんのどすけど、
ちょっとお茶漬けでも」
と引き留められる。
 
もう靴を履こうとする
タイミングで、
「ちょっと茶漬けでも…」と。
 
気分的なもので例えると、
「笑っていいとも」の
テレフォンショッキングで
次のお友達の紹介をする際に
「えー」というお客さんの
残念がる様子のような。
そんな意を表したいのだろう。
 
それは本心でなくとも、
形式的に相手に失礼のないように
しておきたいという礼儀の
つもりなんだろうから、
「そんならもうちょっと」
と長居でもすると、
向こうも迷惑な話になる。
 

 
話は変わって…
子ども向けになにか作るときに、
子どもは、ことばをどういうふうに
理解していくんだろう、
って気になって
ちいさい言語学者の冒険
(岩波科学ライブラリー)
広瀬友紀(著)
を読んでみた。
 
第6章「子どもには通用しないのだ」
が特に面白かったんだけど、
言葉は文字のままの意味通り
だけでなくて、
状況が意味の運命を左右する
大事な要素なのだということ。
 
具体例はないけど、
状況によって、
ことばがどんな意味に変わるのか、
というあそびを考えてみたい。

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