ことばのロボットいろはちゃん 更新2020/8/5

ドリトル先生を追いかけて

オーストリアの作家で
シュティフターという人がいる。

「水晶(他三篇)石さまざま」岩波文庫
という本が出ているんだけど、
とてもいい物語。

「水晶」は雪山に住む兄妹の話。
どのくらいの年齢かなあ。
おぼろげな記憶のイメージでは、
小学校の高学年の兄と、
低学年の妹。

ふたりはおつかいで、
歩いて2時間かかる山を越え、
おばあちゃんちに行くことに。

それはもう大変で、
帰りには遭難しちゃうんだけど、
おばあちゃんにもらった濃いコーヒーを
飲んだおかげで、岩陰で寒さをしのぎ
眠らずに朝を迎えることができた。

これを読んだとき、(もう数年前)
歩いて2時間の距離ってどのくらいだ、
と思って、
夜の新青梅街道を、
同じとおぼしき距離を歩いてみた。

オーストリアの冬の雪山を歩く2人、
荷物には濃いコーヒー…

に思いを重ねながら、
東京の熱帯夜、
幹線道路を1人直進し、
荷物にはレッドブル。

途中脇道にそれた公園のベンチに座って
レッドブルをすする。
ほとんど比べものにはならないけれど、
なんとなく、あるきながら、
コンラート(兄)になったつもりで、
見えないザンナ(妹)を
心で励ましながら…
物語を体感として想像してみる。

…半分冗談みたいだけど、
こうしてどんなもんかを
調べてみないと
気が済まないときがある。

最近読んだのは、
「ドリトル先生アフリカゆき」
もともと有能のお医者さんであった
ドリトル先生。
人間の患者には不評だったものの
動物の言葉を覚えたおかげで
動物界ではあっという間に
大先生として有名になった。

ドリトル先生はイギリス人だが、
アフリカまでその評判がとどき、
現地のサルたちから救援の知らせがくる。

さて、お金のないドリトル先生、
なけなしの借金をして、
船や荷物を用意して
6週間かけてアフリカへ向かう。

これが物語らしさ、というべきか
言葉とはふしぎなもので、
「ながいながい航海をつづけました。」
と語れば、そこではもう
海の上を旅してきた感がでる。

現実的で、深刻な問題は、
たとえば、つばめが道案内してくれたり、
赤道付近のトビウオが
「アフリカまであとたった百キロ」
と教えてくれたり、
サクッと展開してくれる。

物語は軽快。

たった3ページ足らずで、
一行はアフリカの海岸へ座礁する。

はて、と思う。

イギリスから、アフリカまでって、
どんなもんなんだろう?と。

まず地図を見てみよう。

ん?そもそも、アフリカって
どこだ?

アフリカ大陸って大分広い。

読んでいて分かるのは、
船で6週間という時間だけ。

ちょっと物足りない。
そもそも書かれたのが1920年。
この本の出だしが「むかしむかし」
からはじまるので、
おそらくビクトリア朝時代くらいか。

調べていると、
その頃のイギリスとアフリカって
歴史的になかなか濃い関係に
あったらしいことが分かる。

簡単に言うと三角貿易。
またの名をミドル・パッセージ。

詳細はこちらのwikiをみてください。

つまり、イギリスから、赤道付近の
(トビウオと出会ったところ!)
西アフリカあたりは、航路が
確立されていたらしい。

距離にしてだいたい6500~7000キロくらいかな。
いまなら飛行機で10時間足らず。
車なら100時間(10日くらい?)ほどで着く。

日本からでいうとシンガポールくらい。
(大分遠いな)

サルの国は密林にある
ということだったので、
ジャングルみたいな場所。
まさしく赤道直下の熱帯雨林。

上の地図でいう「ギニア湾」あたりまで
ドリトル先生は西太平洋を
南下したのだなあと思う。

とはいっても、
ドリトル先生は架空の人物なので、
本当に行ったわけじゃない。

それでも、
作者であるロフティングは、
鉄道建設の仕事でナイジェリアに
行っていた、という情報があった。

きっと、実際に行った場所を
イメージしながら、
ドリトル先生を描いたんだろうな
と想像したくなる。

オーストリアの雪山を
新青梅街道で済ませるような…、
物心ついたときから
日本から出たことがない自分が
ものすごく
「井の中の蛙大海を知らず」
であるように思えて、情けなくなる。

さて…これから6週間、
自分の部屋を船室と見立てて、
アフリカまでを
航海しているつもりで過ごしてみようか。
いや、ずいぶん快適な旅になりそうだ。

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