貴重なはずかしさ
あたらしく何かを描いたり作るときは、
あの人に見せようと決めて取りかかります。
中学の頃に描き損ないの漫画を
描いていたときも、あいつに見せたらとか
あの人に自慢できるだろうか、とか
そういうことを頭の中で巡らせながら
ひとりでどきどきしていました。
特にそれを、たとえば体育の先生とか
二つクラスの離れた気になる女子とか
(ちょっと自分からは離れた人)に
見てもらうことを想像すると、途端に
恥ずかしくなって、描いたものを
破いてしまいたくなるのでした。
ああいう感覚はいまだにあります。
作っていて想像すると一番こわいのは
友人の小学生と年中さんの女の子。
彼女たちと絵本を並べて眺めていると、
つまらないとか、よくわかんないとか、
ずばっという。これ、ぼくがすごく
尊敬している絵本なんだけど…
と思って冷や汗が出る。
大人は心が広いから、理性で判断して
「よい」ということがあるけど、
子どもは心から面白いと感じなければ
「よい」とはならないらしい。
*
こないだ参加させてもらった「いろは展」にも
子どもが沢山いてどきどきしていました。
彼らが補集合の本や、新作のおりおりえほんを
手にとって読んでくれると嬉しいし、怖い。
本大好きオーラが出ている眼鏡の男の子や
お父さんに読み方を教わった女の子が
最後のページまで立ち読みしてくれたあと、
ちいさな声で「ねえ、これほしい。」と
いってくれたのが、ここ最近でいちばんの
幸せだったと思います。
けれど、おりおりえほんは、こちらで
ある程度案内しないと、読み方が難しい。
読み聞かせるお母さんお父さんに
まずはわかってもらいたいのだけど、
説明しないと、それもちょっと難しい。
これは反省点。
あのはずかしい感覚が蘇ってきました。
でもこのはずかしい体験ほど
貴重なものはないと思います。
「おおきなかぶ」を描いた佐藤忠良は
こんなことを言っていたそうです。
「わたしたち彫刻家のやっているのは、
粘土をこねて、恥かいて、汗かいて、
失敗してやり直す、職人の仕事なんです。」
作家だけに限らずサラリーマンにだって、
誰にでも当てはまることだなと思う。
2014/03/04