ことばのロボットいろはちゃん 更新2020/8/5

好きなパラドックス

狭い歩道で、
小さな子が親の手から離れたとき、
「ほら、ほかのひとの邪魔だよ」
と言う親の方が道をふさいでいたり、

「貼り紙禁止」と書いた
貼り紙が貼ってあったり、

「今からぼくの言う事は
全部嘘なのですが…」という前置きで
話を始める人など

矛盾というものが、
日常にもときどき顔を出すのが
おもしろいなと思います。

パラドックスというと、
「ラッセルのパラドックス」というのが
ありまして。

数学的な用語でいうと
集合論というらしいのですが…
以下、噛みくだいて書きます。

この世には、集合という考え方があります。

自分は、日本人であるとか、
男である、とか、
血液型はB型であるとか、
やぎ座だとか、
自分にあてはまる項目ってありますよね。

調べると、いま日本の男という項目に
当てはまる人は6,537,442人いるらしい。

その集合の中の一人に
自分はあてはまっているのですが…
こういうのが集合っていう考えです。

それをラッセルはこんなふうに発展させます。

「自分の属していない集合」という項目に
自分は含まれる?含まれない?

一瞬、ん?ってなる質問です。

まず思いつくのは、
自分が属していないのだから、
含まない、でしょ、と。

けれど、逆に考えてみると
例えば、「女」「A型」「おとめ座」
という集合には、
自分は属していないんだけど、
あれっと思う。

「自分は属していない」ということ自体を
項目にあげるとするなら、
いくつもある「自分の属していない集合」の中の
「自分は属していない」という項目に
自分が含まれるのでは…?

だんだん、何を言ってるのか、
分からなくなるのですが、
もうちょっと違う例を挙げてみます。

・西村という人間がいます。

・西村には属性があります。

・たとえば「男」「B型」「やぎ座」…など

・その属性の合計数が「10個」だとします。

・では、この「10」という数に「西村数」
という名前をつけよう。

・その瞬間に
西村は「10という数は西村数」という属性に
新たに属すこととなり、
西村数は「11」ということになる。

10だって言ってるのに、
それ自体を含めると11になるという矛盾。

こういうことが、
以前書いた補集合の話とも
つながるのでは、と思いまして。

この世界のぜんぶは、
「人間が知覚できるものの集合」と、
「それ以外の集合」でできていて、

目にはみえないけどそこにある
「それ以外の集合」
(=科学の観点でみえる世界)
と自分たちとは、
じつは、つながって生きている。
…と考えているのですが。

でも、科学という助けを借りれば、
直接はみえなくても
間接的に確認ができたりする。

それができるんだったら、
「それ以外の世界」も、
結局はぜんぶ脳の中のできごととして
収まっているのでは?

…という、矛盾を
養老孟司「唯脳論」を
読みながらおもしろがっています。

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