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ささいな違い

助詞(助動詞)のもつ効果は、
文章を作るうえでは絶大な効能を
発揮する。
 
「わたし「が」なのか「も」なのかで、
言った言わないの火種にもなるし。
 
漢字の解釈でもそういうところがある。
 
あるところに困っている人がいた。
なにをやっても人に勝てない。
落ち込んだその人が、
もう頼れるところもなく、
しかたなしに空に向かって
「神様!どうかわたしに、
あと少しの力をお授けください」
と懇願した。
 
すると、その願いが通じたのか、
一陣の風が吹き、
目を開けると、そこに神様が立っていた。
 
しかし、想像していた神様と、
ちょっと様子が違う。
金髪で、鼻が高くて、目の色がブルーだ。
 
「ワタシハ、アメリカノ カミサマデス。
チョウド カンコウニ キタ トコロデ
アナタノ ネガイガ キコエマシタカラ
キマシタ。」
 
「この際、アメリカでもなんでも
構わないや、どうか少しでよいので、
わたしに力を下さいませんか!」
 
「スコシノ チカラ…?
オオ、サッキ アルイテイタラ
アナタニ ピッタリノ コトバ
ミツケマシタ。
コレモ ナニカノ ゴエン デショウ。
オミヤゲニ トオモッタノデスガ
アナタニ サシアゲマショウ」
 
そういってとりだしたのは、
とある漢字でした。
これを身に着けていれば、漢字の意味が
効力となって現れる、おまじないの漢字です。
 
「スコシノ チカラ。
コレハ アナタノ ノゾミニ
ピッタリデショウ」
 
渡されたその漢字は「劣」でした。
 
それを受け取ったその人は、
なんて自分に身の丈に合った言葉なのだろうと、
激しい劣等感に襲われましたとさ。
 

 
みたいな小話がふと頭をよぎった時も、
劣るという漢字は、
「少」と「力」をバラで見れば
アメリカ神様のように「少し「の」力」
という力の程度を表す意味としても
捉えることはできるよな。と思った。
 
事前知識のない目で見れば、
同じ漢字でも、解釈次第で意味を
がらっと変えてしまうことができる。
 
些細な違いといえば、
最近も、政治家の細かな発言が
ニュースの話題をさらったりするけど、
「ことばはその人の気持ちを
如実に表出したものだ」
ということ自体が、
言葉に対する過信なんじゃないかと
ぼくは思ったりする。
 
そういう時もあるだろうけど、
そうじゃない時もある。
うまくしゃべれないときって、
本当はそうじゃないのに適当なことを
望まない方に口走ってしまう事があるし。
 
言葉なんてほんとに些細な変化で、
とらえ方が変わってしまうんだから、
よくもわるくも、さほど信用性はない。
 
そのくらいの楽観した気持ちで
言葉とは付き合わないと息苦しくなる。

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