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いいかげんの肯定

街にある広告や、CMをみていると
あれ、いつのまにこんな風潮に
なったんだろう、と思うことがある。
 
たとえば、アイマスクの宣伝では
「新生活や転勤などのストレスに」
みたいなコピーがあった。
 
…ということは、
嫌なことやストレスがあっても、
これを使って
我慢や無理をしてでも働くんだ!
というメッセージとも受け取れる。
 
他にも、学習塾のCMでは
さぼりは敵であり、さぼりという煩悩を
克服して勉強への意欲を高めれば
ハッピーエンドを迎えられる、と、
いうような演出がある。
 
*
 
かまやしないのだけど、
そういうのって、
柔らかいプロパガンダといえば
そういう気もする。
 
知らないうちに強要させられて
いやしないかと思う。
 
最近、妖怪や、落語にかぶれている
ぼくにとっては、
なんとなく違和感を感じてしまう。
 
*
 
「落語とは業の肯定だ」と言ったのは
立川談志で、実際に落語には
いいかげんな人がたくさん出てくる。
 
寝ないでいようとするのに、
いつも寝ちゃう人、
酒を呑むのをやめようとするのに
呑んじゃう人、
女好きな人、
人から聞いたことをちゃんと覚えて
いられない人、
何十日もさぼって仕事に出ない旦那。
都合のいいことだけ言って
論理がちぐはぐな人。
煩悩が大活躍するのが、落語。
 
煩悩はできれば消したいと思うもの。
だからこそ、誰にでもある、
生理的な欲求で、
あるあるネタとしても共感できる。
 
落語を聞いて
なんか、たのしいな、心地いいなと
感じていたのは、この
煩悩を愛するいいかげんな人たちの
ためだと思った。
 
いまのお笑いネタのように、
おもしろいことを言う、
というものでない。
話の中の当人は、
おもしろいことを言ってる
自覚はないだろう。
天然ぼけというものか。
だからこそ、笑える。
 
ばかに真面目な空気感をこわしたり、
どうしてもできない、っていう人を
可笑しく肯定してくれる落語は、
今こそ必要だぞ、と思う。
 

冗談はさておいて、寝るとしますか。

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