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詩を低次元化してみた

暇だなあっていうときは
全然眠くならないのに、
立て込んでくると
夜の九時には眠くなる。

普段は面倒だなと思うのに、
机に向かおうとすると
床のほこりを隅々まで掃除をしたくなる。

普段はテレビやyoutubeをぼーっと
眺めているだけなのに、
心配事があったり、悩みや、どうしようかと
思ったりすると、
本でも読んでみようかと思う。

一日長い時間を椅子に座っていると、
たまには立って仕事をしてみようかと思い、
立っていると、窓を開けて、
すこし散歩でもしてみようかと
天気を伺い始める。

したくなる、の裏にはしたくないが
隠れているんだなと思う。

気圧の低さで、
どれだけ強い風が吹くかが決まる、
というように、
嫌さとか悲しさの大きさで、
「やりたい」という気持ちの強さが
自然と決まってくる感がある。

この人は、若いのにしっかりしているな、
っていう人は、
それなりの理由があったんだろうなって思う。

全然別の話題。

お風呂で詩集をひらいて
読んでいたら、
妙に納得してしまう一篇があった。

その感想を言いたい。
でもむずかしい。

だって
詩はいろんなとらえ方ができて、
日常会話の言葉では語れない口調で
ものごとを示すから。
要するに詩は高次元な言葉づかいだから。

じゃあ、
「ぼくの解釈は次元を落とした言い方」だ
と、割り切ることにして、
雑であることを承知で意訳してみよう↓

谷川俊太郎
「空を読み/雲を歌い」より

()内はぼくの意訳としての差し込み。

41

空の青さをみつめていると
私に帰るところがあるような気がする

(空を見ているとおちつくなあ)

だが雲を通ってきた明るさは
もはや空へは帰ってゆかない

(でも自然と人は違うんだよな)

陽は絶えず豪華に捨てている
夜になっても私達は拾うのに忙しい
人はすべていやしい生まれなので
樹のように豊かに休むことがない

(ぼくたちは忙しさに油断している。
太陽ってきれいだよなと感じることより、
忙しさの方が大事だと思うほど。)

窓があふれたものを切りとっている
私は宇宙以外の部屋を欲しない
そのため私は人と不和になる

(人のせわしない日常では視野が狭い。
もっと宇宙を意識して過ごしていたい、
そうすれば、周りの人はあまり関係がないように
思えてくる、いい意味で)

在ることは空間や時間を傷つけることだ
そして痛みがむしろ私を責める

(悲しみがあるから、生きている意味を感じる
っていうけど、なんだそれ、辛いな)


私が去ると私の健康が戻ってくるだろう

(よくありたい、いい人間でいたい、
という「煩悩」がなければ、楽なのにな)

(言いしれぬ気持ちって大事だなあ)

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