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たのしい間違い

ルイス・スロボドキン絵
F・エマーソン・アンドリュース作
さかさ町」(岩波書店)
 
スロボドキンの絵を目当てで
選んだ本だけど、話も面白かった。
 
さかさ町というのは、
とにかく、さかさま。
家も、車の向きも、看板も、
レストランのコース料理もさかさ。
 
おとなはあそび、こどもが働く。
 
ここまでは、ただの変な話に
すぎない、と思っていたけれど、
「さかさ小学校」という章から
もしかして。と思う。
 
「平日は、どの子もたのしんで
はたらいておるから、
学校へいくひまなどないからな。
子どもたちは、いちにんまえのしごとを
することで、社会でたいせつなことを
じゅうぶん学ぶ。
だから学校へ、いくひついようは
ないんじゃよ。」
 
ここを読むと
本当にそうなったら良さそうだ。
と思ったりする。
 
保育園や幼稚園の代わりに
子どもたちの職場があったら、
どうなるんだろう。という
考えがうかんでくる。
 

 
歴史の学び方も、
「わたしたちは、まずはここ、
現代のさかさ町から学びはじめる。」
のだという。
 
普通は、縄文時代から始って、
高学年になってようやく
明治大正あたりに辿り着く。
 
いくら学校で勉強しても、
自分の土地の歴史は案外分からない。
子どもの頃だからこそ、
勉強は自分の生活と地続きであって
ほしいなと、
そういう考えがうかんでくる。
 

 
面白いのは「わすれよ科」。
覚えるんじゃなくて、
わすれてしまえ、ということを
科目にしている。
 
ぼくは、ここを読むと
アドラーを思い出す。
「トラウマ」を否定し、過去は今とは
ぜんぜん関係ない、って言った人。
 
「前向き」の弊害になる事柄であれば、
それは「わすれよ」という。
「悪口」「悪い習慣」もわすれよ。
 
間違えもわすれよ。ということで、
こんな歌をうたっている。
 
「(〜♪)
7+5は、11じゃない。
まちがいなんだ、わすれよう。
7+5は13でもない。
まちがいなんだ、わすれよう」
 
この歌すごくいいなあ。
 
ここから話がそれるけど、
このあとに、ぼくが
歌詞を付け足すなら、そうだな。
「せいかいはひとつ、
まちがいは、たくさん。」
 
もうひとつ注文をつけるなら
「わすれよう」の歌詞は削除。
 
たのしい間違えを、
学校でおぼえたらきっといい。
 
たとえば、
「じてんしゃは はぶらしじゃない。
まちがいなんだ。
えんぴつは てんぷらじゃない。
まちがいなんだ。
せいかいはひとつ。
まちがいは、たくさん」
 
こういうのを小学校の生活科で
歌ってほしいな。

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