worksは8/24に更新しました.

言葉が持つ実用性について1

実用的か、実用的ではないか、
ということを考える。
 
常々、思っているのは
「自分がなにか作るなら
実用的な方がいいな。」
と。
 
しかし、
実用的とはいったい
どういうことを言うのだろう。
それも言葉を使った表現で。
 
もう少し、今回に合わせて
具体的に言うなら、
今、読んでいるこの文章が
作文を読んだ人にとって
実用的であるかどうか。
 
今回問題にしたいのは、
言葉を使って書いた内容が、
実用的かそうでないか、を
考えてみたい。
 

 
簡単に紹介すると、
実用的ではないものの代表に
回文のような言葉あそびがある。
「ねつきいいきつね」なんて聞いても
…で?ってなる。
 
これだけでは役に立たない。
一人で面白がれればいいんだけど、
個人的にはもっと実用性が欲しい。
 
一方で、メッセージカードや
おみくじなんかは、
これは実は、使う人、引いた人にとって
言葉は役に立っている。
 

 
実用的でない例をもう少し。
 
言葉の研究は、なかなか無用のものが
少なくない。
たとえば、~テイル形についての考察。
 
「雨が降る」という文。
これは雨が降っている状況のことをさす。
でも、窓の外をみながら言う
「雨が降る」は雨が降っていない
ように伝わる。
 
まだ降っていないが、
これから来るんじゃないか、
つまり未来に対する予想になる。
 
今を示す場合は、
「~ている」の進行形になるので、
今、降っているという表現になる。
 
という。
 
こういう分析って、
日本人である僕らには
研究者ではない限りは全く無用。
だって、そんなこと
言われなくてもわかる。
 
こういうのを実用的ではない。
とぼくは思う。
…で?と思う。
 

 
今度は実用的な例。
 
言い切り型についての研究。
会話の中で、
それだけで事足りる返答なのに
終助詞(~ね、~よ。~けど。)などをつけると
不自然に聞こえてしまう。
というか、あるニュアンスが
余計に伝わってしまう。
という研究がある。
 
「洗濯物たたんどいて」
「わかった/はーい」
は言い切り型。
素直な感じ。
 
「洗濯物たたんどいて」
「わかったよ/はいよ」
は終助詞をつけたもの。
ちょっとテキトーな、面倒な印象が
付与される。
仕事を頼まれて面倒に思っても、
相手に気を使わすまいと思うなら
終助詞はつけない方がいいかもしれない。
「そんなつもりはない」
にかかわらず、言葉の効果は
無情にも伝わってしまう。
 
そういえば、小沢健二の
「さよならなんて云えないよ」にも
「オッケーよ、なんて強がりばかりを…」
という歌詞が出てくる。
「オッケー」に「よ」をつけると、
素直に平気だよと言っているよりは、
やっぱり「強がりの」オッケーに
聞こえてしまう。
 
これは、簡単な会話術として
やや実用的にも思える。
 

 
他にも、実用的な
「ターン交替」について、
ルイス・キャロルに見られる
「ナンセンス」の実用性について、
「新規性のあることばあそび」とは
実用性だ、
という内容を書きたいけど、
一気に書くともったいないので、
明日に書きます。

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