worksは8/24に更新しました.

寝てしまえば

なにかと気にするタイプである。
 
たとえば電車で席に座るときに
荷物が多い場合。
 
それに空いている座席が狭い、
というとき。
 
リュックを胸のあたりに
抱いて座ると、
リュックの輪郭にそって
やや腕が広がってしまい、
隣の人に密着してしまう。
 
隣を伺うと、
なんとなく迷惑そうな顔を
されてしまったので、
あら、これはすみません、と
リュックを膝の上に置いて、
腕をきゅっと縮めて解決。
 
しかし、今度は、
リュックの肩にかける
調節ベルトがびろーんと
隣の人の膝辺りに当たってる。
 
これまた怪訝な顔だ。
うおっ、これはまたすみません、と
リュックをもそもそ位置調整するが
上手く収まらない。
 
ひやひやしながらしばらくすると、
例の隣の人は、眠っていた。
 
あら、まあ、である。
あんなに、肩や膝に当たっていた
ことを気にしていたのに、
眠ってしまえば、むしろ
こちらに寄りかかる勢いだ。
 
「眠っている人が可愛く見える」
というが、
あれほどこちらを嫌厭していた
隣のおじさまが、ドっとこちらに
身を持たれてくる様も、
どことなく可愛げがある。
 

 
養老孟司が人生の三分の一は寝ている。
といっていたのを思い出した。
寝ている間は、自分が自分であることを
忘れてしまう、という。
 
どんなに100%自分の意志だ、
と思っている行動しているひとも、
寝ているときは、忘れていて、
そうじゃない。
 
悪の大王みたいな人も
寝ている間は、赤ちゃんと、
おおきい意味では
そんなに変わらないのでは。
 
寝ている自分も、自分なのに、
起きている自分とはちがって、
もっと自然体であるように思える。
 
固執がない感じ。寝ていると
いい意味でも悪い意味でも、
ボロがでる。
 

 
ぼくの隣に座っていたおじさまも
寝てしまえば、いらいらしている
場合ではない。
 
寝てしまえば、気にしていない。
そんなことが、
じつは大変多いのではないか。
 

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