2021.07.01

隠れる。

トーベ・ヤンソンの短編集
「クララからの手紙」を読んでいます。

「夏について」
という一篇がとてもいいんです。

*

夕陽が沈もうとしているとき、
浜辺にぼろぼろの樽を見つけ、
それをまっすぐたてて、
もぐりこむ。というシーンがあります。

嵐のあとで、
水位が大分あがってきて、
野原もみずびたし。

水のなかの草を踏んで歩くと
気持ちよさそう。

たぶん、樽は底が抜けていて、
水が、草ごと浸水している。

天井は蓋がしてあると思われ、
ちょうどいい穴から
太陽が焔のように赤く、内側を
染めている。

だんだん暖かくなる水温。
樽の中で腰をおろして、
「だれもわたしがここにいると知らない。」

…と、思んです。

*

こういうふうに
周りから隠れてみるのって
ぼくも非常に好きで。

ときどき、
押入れにもぐって、
ぼーっとすると、いい心地がします。

なんだろう。
暗くて、ほどよく狭いところにいると
自分に意識が戻ってくる、
という感触があるんです。

これ、分かる人いるかなあ。

あ、いま、自分がここにいる
っていうかんじ。

瞑想する、とか
座禅みたいな感覚と似ていると
思うんだけれど。

なにか、煮詰まったときとか、
うまくまとまらず、
もやもやしたときに
よく隠れます。

*

なにから隠れているのか、
と言われるとね、うーん、

「周りとつながっている」という
感覚から隠れるという感じ。

とりあえず、周りは無視して、
自分はどう思うんだ?

としずかに一人会議をして
こころを穏やかにするというような。