ことばのロボットいろはちゃん 更新2020/8/5

無限コンテニュー

ぜいたくなことって、なんだろう。

と考えると、
あ、これか、と思い当たることが
ありました。

それは、
何回も何回もやり直しができる、
ということ。

たいてい誰かからの依頼や、
仕事として関わることになると、
「ここまで」が決まっている。

一回、完成です、と決まると、
もうそれが、たとえばたくさん複製されて
いろんな方の目にふれる…

そうなると、あとで後悔しても、
ちょっと直したいと冷や汗かいても、
ただただ、背筋がぞっとするだけで、
対処としては、自分の気持ちをよしよしと
なだめるくらいしかできない。。

ところが、
インスタグラムで毎日描いている
似顔絵の絵は、
昨日のに反省点があれば、
今日取り返すチャンスがある。
そして、もし今日また反省しても、
明日がある。まさしく、
ドン・ガバチョ状態で繰り返し
コンテニューすることができる。

たしかに、一度描いてしまえば
それは残ってしまうのですが、
だからこそ、
短いスパンで、満足が行くように描く!
という気持ちがモチベになるんです。

日々描いていると、
次はどんな工夫ができるかな、と
国内外のメイキング動画を
参考のために眺めるのですが
そのうちの一人が
禅マインドビギナーズ・マインド
(鈴木俊隆著)松永太郎訳
という本を紹介していて、

「書道を学んでいると、
あまり技術の巧みでない人が
最良の書家になることがあります」

を、引用して話していたんです。

どういうことだろうと思って、
kindleで読んでみたので、
やんわりと解説してみよう。

将錯就錯」(しょうしゃくじゅしゃく)
という言葉をご存知でしょうか?

仏教の言葉で、何度も間違い続ける、
という世にも恐ろしい意味だそうです。

まず「ぼくのことじゃ!」と思う。

もしかしたら、あなたにも
思いあたる節があるかもしれない。

そんなあなたに朗報です。
これには続きの解釈があるんです。

「道元によれば、ずっと続く間違い(こそ)が
禅でもあります。」と。

「それは、長い年月、
間違えても間違えても、
ひたむきに続ける、ということです。」

「自分のことをよい父親であると
考えている人は、よい父親ではありません。」
「もしよい夫になろうと専心して
努力していれば、自分を最悪の夫と
考えても、よい夫になりえます。」

ということだそうです。

できる!できた!と本気で思った瞬間から、
その先にいく努力が存在しなくなってしまう。

これがだめだった!という思いが
具体的であればあるほど、
その気持ちをかかえた足取りは
自然とよき方へ向いて行く。

その状態を保ち続けることが
「禅」的にみて、とても健全であると。

うわあ、それずっと苦しいじゃん、
と思いつつも、苦しいと思う事が
自分のよき方向へ踏みしめる力に
変わっていると思えば、
苦しさもワクワクに変わっていく心地に。

そう、人生は続くかぎり
無限のコンテニューなんです。

明日もタダでコンテニューできる。
ゲーセンだったら、
なんてぜいたくなんだろうな、と思う。

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