ことばのロボットいろはちゃん 更新2020/8/5

想像力の跳躍台

むかしから、おぼろげに思っていたことが
ありまして。

どんなことかというと、

飼っている猫が
ごはんを食べているのを見ながら、
「もし、自分が猫だったら、
このごはんって、お茶碗3杯分くらいの
ボリュームがあるんじゃないか」
と思ったり。

はたまた、
レゴブロックで作った飛行機を
手でとばしながら、
「もしも、本当に自分がこの飛行機の
操縦席に乗っていたら
この本棚は、まるで山岳地帯の崖の
ようだな~」と思ったり。

自分の大きさを、
他のものと「入れ替えた」と仮定してみる。
その時に、
どんな感覚なのかを想像するのが
子どものころの密かなたのしみでした。

今になって、その頃のことを
思い返してみると、
こういうことを「アナロジー」と
いうのかもなあと思いました。

「アナロジー」ってなにかというと
ザックリいうと、類推するということで、
もっとザックリいえば、
「なぞらえる」ということです。

分かりやすい例でいうと、
東京ディズニーランドの広さは
46.5 haだと言われていますが、
全然ピンとこない。

でも、
ディズニーランドは
東京ドーム約11個分の大きさです。
というと、なんとなくでも、
イメージが湧きますよね。

何かを知るために、
他のものになぞらえ、類推しやすくする、
ということが、アナロジーという考え方の
ようです。

たとえば、
もし自分がスカイツリーだったら、
人間の大きさは米粒よりちいさいのかも。
自分の肩のあたりで、
ミリ単位の人間たちが見物しているのを
想像してみたり。

もっと飛躍させて、
自分が地球だったら
月は30メートルくらい離れた場所にある
グレープフルーツくらいの大きさかな、
とか。

(…暗闇で体育座りした自分の
30mくらい外周をグレープフルーツが
くるくるまわり続けている。
自分も、無言でくるくる自転している。
この様子を想像すると…
なんてシュールなんだろう、
と思わず笑っちゃいます。

なんの意味もなさそうな動きを
何億年と続けているのだけど、
これが現実とされているし、
古代の人はそういう動きを
ものすごく神秘的にとらえていた
と思うと、人間の想像力って
おもしろいなあと思います。)

ともかく、
自分の体でなぞらえることで
大きさがより実感に近づくのが
おもしろいなと思います。

モノの大きさをまた別の視点から
捉えてみると、
ぼんやりしていた感覚が、
急におもしろく(あるいは分かりやすく)
感じ始めてくる現象があると思います。

主観じゃなくて客観的に見ることで
想像力を飛躍させることができそうです。

「自分が人間である」という
当たり前となった慣れや常識によって
想像がしにくいこともあります。

実感を飛躍させるために、
こういうアナロジーな視点で
あそんでみることは
けっこうたのしいです。

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