実学ってなんだ
詩人の荒川洋二のエッセイ
「忘れられる過去」(みすず書房)の
142ページに、
「文学は実学である」という
タイトルがある。
その影響なのか、
本が出てしばらくして
電車の中で大学の広告に
「実学」という文字を、
見かけるようになった。
小中高校のとき、数学や、古文、
その他にもいろいろ、
これって、なんのために
勉強しているんだろうって、
誰しもが思ったんじゃないか。
実生活とは、ちょっと離れたところで、
なにやらやっているけど、
果たしてこの目的とはいかに。
そこで、「実学」の登場だ。
これは、実際の社会に役に立つ、
というのが、学校の宣伝として
いい売り文句になる。
*
ちょっと話がそれます。
「少子化問題」って言われるけど、
あれはちょっと納得がいかない。
少子化問題で困っているのは、
年金を払う人口が減るとか、
教育産業が衰退するとか、
絵本が買われなるとか。
まだ、ぼくの知らない理由が
あるんだろうけど、
短絡的に上記のようなことを
聞くと、あれ?と思う。
要するに、これからの人たちを
結局金づるでしか、考えてないんじゃ
ないかな。と思えてしまう。
仕事で成功する、みたいなことも
結果お金になることであって、
お金になるっていうことが、
どういうことになるんだろう?
と実はあんまり考えて
いなかったことに気が付く。
結果ついてくるものなのかも
しれないけど、
今の経済活動をする上で、
実学というからには、
どうしてもお金に絡めたくなる。
でもそうすると、実学の意味が
変わってきてしまうようにも思える。
*
荒川洋二の言う実学って、
自分がどう生きるか、
どういう見方で現実をとらえるか、
みたいな、モノとしての価値では
測りにくいこと。
生き抜く力みたいな。
…生き抜く力、というと、
じゃあ、学校の科目に
「サバイバルの暮らし科」と
「自信をもとう自己啓発科」を
増やせばいい。けどなんか違うな。
*
いま、自分で自分たちの状況って
はっきり言ってよくわからない。
高畑勲「アニメーション、折りにふれて」
(岩波書店)の、
「8、伝えたい、このこと」を
読むと、うーん、今の時代は、
大変なんだ、とぞくっとする。
ぞくっとするけど、
本から顔をあげて、日常生活に
戻ってしばらくすると、
どうしようもなさに、
その感覚は消えてしまう。
実感がわかない。
いま、ぼく自身のすることが
自分にとって、他の人にとって、
どう実学に結びつくのか。
うーん。
2019/06/17