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内弁慶の深呼吸

夏目漱石の坊ちゃんを読みえて、
ふと中勘助が思い出された。
 
「銀の匙」をまた読みたくなった。
中勘助とは夏目漱石の門下生のひとりで、
どんな人かというと、おとなしげで、さらに
家庭内のトラブルがきっかけで、人間嫌いになって、
ひとり湖の離れ島に暮らす、そういう
しんとしたものを書く人。
 
小説の主人公も泣き虫弱虫、なよなよしい。
繊細で気持ちだけが膨れ上がってしまう。
「男は泣くもんじゃない」という兄や、
戦争の時代ゆえ、そういう風潮に
疑問をもたぬ当時の周囲のマインドセットとは
まったくなじめないが、
仲良くなれるものとはとことん仲良くなる。
 
30歳くらいのいい大人の中勘助と、
友人の娘たえこ(小学校低学年くらい)が
仲良くなって、まるで恋人同士のようになる話がある。
 
「郊外その2」という短い話だが、
たえこと中勘助のやりとりを読んでいると
こちらまでくすぐったいくらい
うれしくなって、たのしい。
 
内弁慶的な快さであると思う。
 

 
もっぱらそういう本を好んでいた
大学生のころ、自分も毎日作文を書いていた。
 
だれにも見せないつもりで書いているから、
(実際PCのメモパッドにひたすら保存していくだけの
未公開の日記のようなものだから)
書く内容も内弁慶的な快さなのだ。
 
例えばこんなもの。
 

 
良い前兆。目録(2008年6月16日)
 
チョウチョが、こっちに寄ってとんできた。
湧水の源をみた。
のら猫がこちらをむいて、にゃあといった。
すずめの飛び上がり際に、ふんをするのを、近くで見ていた。
最近知った言葉に、さっそく出くわした。
家を出たとたん、そらが晴れた。
食べたいと思っていたものを、思いもよらず食べられた。
すこしでも、悲しい気もちを好きになった。
好きな人が増えた。
本屋でほしい本をみつけた。
電車のなかで、かわいい女の子と乗り合わせた。
布団を干したくなった。
散歩したくなった。
夜中にうちに、雨がやんだ。
友だちから、予期しないメールがくる。
たまたまつけた番組に、やたら引っかかりを感じる。
たくさん虫をみつけた。
明日の予定が、寝るまえには理想的に決まっている。
むかし一目惚れした人のかおが、思い浮かぶ。
 

 
書くと深呼吸をついたように、ほっとしたものだった。

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