内弁慶の深呼吸
夏目漱石の坊ちゃんを読みえて、
ふと中勘助が思い出された。
「銀の匙」をまた読みたくなった。
中勘助とは夏目漱石の門下生のひとりで、
どんな人かというと、おとなしげで、さらに
家庭内のトラブルがきっかけで、人間嫌いになって、
ひとり湖の離れ島に暮らす、そういう
しんとしたものを書く人。
小説の主人公も泣き虫弱虫、なよなよしい。
繊細で気持ちだけが膨れ上がってしまう。
「男は泣くもんじゃない」という兄や、
戦争の時代ゆえ、そういう風潮に
疑問をもたぬ当時の周囲のマインドセットとは
まったくなじめないが、
仲良くなれるものとはとことん仲良くなる。
30歳くらいのいい大人の中勘助と、
友人の娘たえこ(小学校低学年くらい)が
仲良くなって、まるで恋人同士のようになる話がある。
「郊外その2」という短い話だが、
たえこと中勘助のやりとりを読んでいると
こちらまでくすぐったいくらい
うれしくなって、たのしい。
内弁慶的な快さであると思う。
*
もっぱらそういう本を好んでいた
大学生のころ、自分も毎日作文を書いていた。
だれにも見せないつもりで書いているから、
(実際PCのメモパッドにひたすら保存していくだけの
未公開の日記のようなものだから)
書く内容も内弁慶的な快さなのだ。
例えばこんなもの。
*
良い前兆。目録(2008年6月16日)
チョウチョが、こっちに寄ってとんできた。
湧水の源をみた。
のら猫がこちらをむいて、にゃあといった。
すずめの飛び上がり際に、ふんをするのを、近くで見ていた。
最近知った言葉に、さっそく出くわした。
家を出たとたん、そらが晴れた。
食べたいと思っていたものを、思いもよらず食べられた。
すこしでも、悲しい気もちを好きになった。
好きな人が増えた。
本屋でほしい本をみつけた。
電車のなかで、かわいい女の子と乗り合わせた。
布団を干したくなった。
散歩したくなった。
夜中にうちに、雨がやんだ。
友だちから、予期しないメールがくる。
たまたまつけた番組に、やたら引っかかりを感じる。
たくさん虫をみつけた。
明日の予定が、寝るまえには理想的に決まっている。
むかし一目惚れした人のかおが、思い浮かぶ。
*
書くと深呼吸をついたように、ほっとしたものだった。
2016/06/28