六郎さーん
読んでいると、とりとめが
なくなってしまう本があります。
谷内六郎「旅の絵本」
その名の通り、絵と文章の本。
カラー版なので、
どのページも開く度にうれしい。
なによりも文章があざやか。
カラーだから、というわけでなく
ぱっと見の字面の印象が気持ち良い。
殆どが短い旅の随筆なんですが
そのうちの一遍の出だしだけ
引用してみても彩りがあるんです。
*
「正月のにおい」
陽だまりになっている
お菓子(駄菓子屋)の小店の縁に
晴着を着た少女たちがむらがり、
黒ずんだ霜をもつ地面に
オレンジのみかんの皮が散らばり、
澄みきった空にタコはじっと
静止したように動きません。
…
*
語のひとつひとつが粒立って、
すがすがしい絵具のタッチのように
手触りのあって、語感の方にばかり
気が向いてしまい
内容を読まず仕舞いになる。
かといって内容を読むと、
語感を見逃してしまう気がして
勿体ないと思ってしまう。
読みたいけど、眺めたい。
こういう板挟みの中で、次第に
とりとめがつかめない本に
なってしまうようです。
*
谷内六郎は元来体が弱く病気がちで、
皆とスキーしに行くが、
ひとり旅館のテーブルに仕事をする。
白いケント紙をおき、
「この何も描かない白が美しい」
とか思うような人。
あてもなく、夜の電車に
乗っているうち
帰れそうもなくなり、降りた駅の
駅員に笑われてしまう人。
海で泳いでいると、
地元の漁師に「ハリガネが浮いている」
と笑われて、もうあの辺りで
泳ぐのはよそう、と思う人。
繊細な人だなと思う。
人一倍敏感であろう。
だから言葉の選び方も、密度の濃い
ものなんだろう。
と勝手に妄想してうっとりします。
2013/04/30