ことばのロボットいろはちゃん 更新2020/8/5

両立できますか

矢野顕子のsuper folk songという曲が
昔好きで良く聞いていたんだけど、
最近、ふと思い出して検索してみた。

歌詞が面白いなと思っていたら、
なんと糸井重里が作詞だというのに
おどろいて、
しかも、本人が歌っているバージョンが
あって(というか、こちらが原曲らしい)
とても感動してしまっています。

話題は前回の作文に戻りますが、
語感が楽しい言葉っていうのは、
ある程度、人にもおすそわけが
できるように、とは思っているものの
結局、一番楽しいのは自分。

だから、「わかんない」と
言われても、
それは仕方ないなと思う。
そういうものだと。


けれど、歌の歌詞って
ちょっと違う。

昔に書いた
おまじないにしたい歌詞」で、
歌は、聞いた人、口ずさんだ人が
元気になったり、気持ちを解消できる
ことばであってほしいと書いていて、
今でもそうだなと。
そういう歌詞が好きだし。

言葉がおまじないのような
役目であってほしいと。

super folk songに戻るけど、
3年前のほぼ日の記事で
super folk songについての
インタビューがおもしろかった。

この歌詞は、
聞いている人のハッピーエンドを
願って、望んで書いた
ということが書いてあって、
あー、いいなあって思って。
それがちゃんと実現されていると
感じるし。

さて、ここですごいと思うのは、
歌詞のおもしろさと、
気持ちの共感の両立があるということ。

人の幸せを望むとか、
プレゼント的な発想って、
下手をすると気持ちはあっても、
表現としては面白みに欠けるのでは、
という図式が自分の中にあって。
(結婚式の手紙とかけっこう苦手)

見た人に「ありがとう」とかって
気持ちを伝えたい、
ということよりも、まずは、
わあって驚いてほしいという気持ちが
ぼくにはある。

super folk songのすごいところは、
言葉の組み合わせ的な面白さ
驚きがあったうえで、
個人的な思いじゃなく
それを見た人、使う人が、
その人の中で気持ちを
あじわえるものに
なっているのがすごい。

「ハッピーエンドにしてください」
なんかは特に
おまじない的になっていて
つい真似して口ずさみたくなる。

「恋に遠慮はいらないけれど
遠慮は恋が嫌いです」

「特に名を秘すロミオ様
ほんとの名前はマサル君」

「花も恥じらうジュリエット
村(そん)でも1・2のミドリちゃん」

「親と親とは敵どうし
選挙のたびになぐりあい」

「汽車の切符をにぎりしめ
「いざとなったら貯金箱
こわしていいわ」とジュリエット」

「各駅停車の逃避行」


断片的に聞くと
気を惹くキーワードとして
耳に入ってくるので、
それだけでも楽しいんだけど、
しっかり聞くと、
物語が見えてきて、
いつのまにか、自分の気持ちと
シンクロしている。

そう考えると
表現って両立だよなって思う。

こりゃなんだ!っていう
驚きがあり、
そのうえで共感もある。

(ぼく個人的にも
両立には思うところがあって、
「仕掛け」にこだわって作っていたのも、
手品的な驚きを求めていたからで、
でも最近は、仕掛けを使わないでも
共感してもらえる表現(絵本やイラスト)
についても
奮闘していたんですが、

そろそろ、その両立を
ちゃんとしないとな、
と思っています。)

これを読んでいるあなたにも、
なにかとなにかの「両立」について
思い当たることがあるのでは?

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