2014.10.31

上質な不安

星野源をたまに聞く。
「日常」という歌が好きなんだけど、
そのアルバムには
「営業」という曲もある。
 
聞いていると「不安はまるでお金だ」
という歌詞があって、
これは一体どういう意味だと
ひっかかっていた。
 
でも、最近分かってきた。
分かったきた、といっても、
勝手に解釈しているだけなんだけど。
 
ぼくなりに解釈を添えていうと、
「努力をお金で購えるとするなら
不安はまるでお金だ」ということ。
 
*
 
ふと「不思議の国のアリス」に、
こんな描写があるのを思い出した。
 
「そこでアリスはヒナギクで首かざりを
作る楽しさと、そのためにわざわざ
立ち上がってヒナギクをつむやっかいさと、
どっちが大きいかしらと
考えはじめました。」
 
ぼくの質から考えると、
間違いなく「立ち上がってヒナギクをつむ
やっかいさ」が大きい。
 
日々、できれば楽をしたい。
ビアトリクス・ポターが住んでいたという
湖水地方のようなところで、
老後のような暮らしをしていたいと思う。
 
でもそれは現実にはあり得ない。
現実では、楽しさに至るにも
やっかいなことがある。
 
その、やっかいなことに
立ち向かうだけの、原動力がほしい、
と常々思う。
 
そういうときに、
「不安はまるでお金だ」を思い出す。
 
*
 
原動力を買うために、
不安を得ればいいのだ。
 
では不安はどうやって作ればいいの?
漠然とした、とりとめのない不安では
あまり効果はないようだから、
もっと実のある不安ではないとだめ。
 
ひとつ考えたのは、
「あえて昼寝」あるいは「遠足寝」である。
「遠足寝」というのは、明日は遠足だから
早く寝るんですよ、という風に思い込んで、
早々に布団に入ること。
 
これで何が起きるかというと、
「持ち時間」が減るのである。
具体的にあと何時間後に〆切りがある、
というように追い込むことができる。
目覚めたとき、ぞっとして、
とても頑張れる。
 
*
 
実はこれはうまくない。
なぜなら、持ち時間を犠牲にするという
確実なリスクがあるから。
 
できれば何も失いたくはない。
 
そこでもうひとつ考えたのは、
人と会うこと。それで、
その人のことを思い出しながら、
行動することがいいのではと思う。
周りには、仰ぎ見るような人が
たくさんいるから、
自分ももっと水準を上げなければ、
と、質のよい不安がこみ上げるんじゃ
ないだろうか、と思う。
 
みんなどうやって
いい不安を作っているんだろう。