ことばのロボットいろはちゃん 更新2020/8/5

こんとんを好む

2019年に出た絵本で「こんとん」(偕成社)
というのがあります。

夢枕獏が作で、松本大洋が絵。

Radiotalkでライブ配信しているときに
リスナーの方に教えて頂いて、
読んでみました。
ありがとうございます。

絵本は「こんとん」ってなんだ?
というところから始まるのですが、
ぼくも、ぼくで、ネットで検索をしながら、
考えてみました。

「こんとん」は朱雀や、白虎のように
中国の神話に出てくる怪物の
ひとつなんだそうです。

wikipediaにもこんな説明が。

「犬のような姿で長い毛が生えており、
爪の無い脚は熊に似ている。
目があるが見えず、
耳もあるが聞こえない。
脚はあるのだが、
いつも自分の尻尾を咥えてグルグル
回っているだけで前に進むことは無く、
空を見ては笑っていたとされる。」

他の説では、目も耳も、鼻、口も、
ないんだって。

だから、しゃべれないし見れない、
聞けない、嗅げない。

これを哀れに思ったのか、
南の皇帝と、北の皇帝が
目鼻耳口の穴をあけてあげた
(絵本だと筆で描いてあげている)
らしい。
するとこんとんは、死んでしまった。

続けてwikipediaでは
「転じて、物事に対して無理に
道理をつけることを
「渾沌に目口(目鼻)を空ける」
と言う。」

なんだそうです。
無理に道理をつけると
逆に破たんしてしまうもの。
ふーむ。。と思う。

マナペディアというサイトでは
渾沌について、
「手の加えられていない無秩序な
自然を表す例えの言葉として
用いられている」
と説明されていて、

絵本でも、
何も見えず、何も聞こえない
無秩序な状態で、上をむいて
わらっていた、というシーンが
印象付けられている。

なんだか赤ちゃんを思わせるような、
何も分からないからこそ
空っぽでいられるからこそ
感じられるセンスがあるのだろうな。

正直これ、どう読んだらいいんだろう?
と最初は読みながら困惑しました。
要するに自分自身に置き換えてみたら、
どういうことなんだろうって。

笑える国語辞典というサイトでは、
渾沌について、
英語の「chaos/ケイオス」は、
いろんなものが
ごちゃまぜになっている様子だけど、
その語源であるギリシャの(khaos/カオス)は
むしろからっぽの状態を意味するらしい。

中国の思想もそこに近いようで、
いろいろ考えるけど、全然整理がつかないから
考えるのをやーめた!と空っぽにしてしまう
そんなことが「渾沌」には含まれているようです。

空っぽでいるからこそ、
むしろイメージを保てていること…。

んー、もしかしたら、
夢で見た感覚とかが近いのかなあ、
「あの感じ、あの感触、あのイメージ」
言葉にするまえまでは、
まざまざと思い出され、
ふとんの上で半分まどろみながら
目を閉じ、上を向いて
にやっとしてしまう快感を反芻する。

でも、
それを誰かに説明しようとしたとき、
もしくは、
そして、目覚ましが鳴るとか、
テレビが付くとか、
外界とつながった瞬間に、
その夢の思い出は、一瞬にして
消えてしまう。

「こんとん」である状態は、
そんなことなのかもしれない。

自分自身の中にしか湧き上がらない
イメージの世界。

それをしっかりと、好むこと、
大事にすること、
そのために空っぽである状態を
保つことが
ときとして、必要なんじゃないかな。

「こんとん」について調べながら、
そんなことをおもいました。

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