くうきにも個性がある
通っていた大学が、
八王子の山腹に要塞のごとく
建っていたこともあって、
授業に出るかわりに
よく裏手の山を散策してまわっていました。
坂を下っていくと
みょうな風が吹いてきて、
なまあたたかいのにまじって
下の方からすーっと涼しいくうきが、
感じられたんです。
頭でイメージしたのが、
中学校のころ美術の時間でやった
マーブリングの技法みたいなもの。
くうきが、いろんな温度や、匂いによって
さまざまに形や重さ(密度)をかえながら
…つまり、
あやふやながら境界線をもって
うごいているということなんだな、と
思ったんです。
夏の坂道を自転車でくだっていくと、
あるところから、ふわっと
涼しいくうきにもぐったり。
冬の住宅街をぬけて、畑の横をとおると
急にくうきもはりつめ、冷たくなったり。
くうきは目にみえないけれど、
体感として、そこにある境界を
感じることがあるなあと。
*
そしてなんといっても、
その境界線の動きこそが風、
なんです。
あたたかく、ふくらみ、
希薄になったくうきによって、
まわりの冷たいくうきが
背もたれをうしなったのように、
(おっとっと、とたおれるように)
引っぱられる。
そんなふうにして、
あっちのくうき、こっちのくうきの
均衡のとりあいで、
地球のくうきはめぐっている。
*
「風といっしょに」という
アーサー・ビナードさんの詩がある。
「かわいた風が
いつでも吹いている高原では
目をつむってもわかる、
いまの風がどこからやってきたか。
東風はウシノケグサを
ざやざや鳴らしながらくるので、
ウシノケグサの青い匂いがする。
西風には西の岩山の
赤い土ぼこりがにおう。
…以下略」
くうきのことを、
「くうき」と一括りで言ったり、
「くうき」と「風」を別モノとして
捉えたりするから、
くうきの正体がわからなくなる。
くうきは、いった先々で、
温度や匂いを抱えてくる。
あるいは、
雨や雷でキレイになったりもする。
植物の中をひとめぐりして
生まれ変わったり、も。
くうきにはその時々で個性がある。
だからこそ、うごいて、めぐっていく。
そして自分のなかにも。
*
そもそも、くうきって、
そらの上までずーっと溜まっていて、
成層圏の上の外気圏(宇宙空間との境目)
の辺りでは、
海みたいに、くうきのさざ波が
ただよっているのかなあと想像する。
すきとおったうつくしいくうきが
音もなく、
はぜているんじゃないかな。
みたいな。
2021/02/25