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ことばの実験室 更新2019/4/23

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昔してた習慣をいまやると、
違いがわかってハッとする。

たとえばラジオ体操。
小学校の夏休み、学校が休みなのに、
半分学校に行くような気分で
友達と顔を合わせるのが妙で、
少し面白かったな。

町内の広場に (野球禁止の看板がある
敷地だけの公園に)集まって、
例のピアノ伴奏に合わせた運動を
意味もなく従ってた。

これに効果があるのか?
当時、鬼ごっこもマラソンも
人並み以上だったぼくにしたら、
ラジオ体操など 運動のうちには入らない。
そんな気持ちで、ただ、なんとなく、
首からさげた「31日走りきれ!」と
刷られたマラソン仕様のラリーカードに
スタンプをもらっていた。

その数年後、陸上部に 入るんだけど、
そこでもわけのわからないことをしてたな。

筋トレ。

筋トレは雨でも中止にならないから
嫌いだったけど、ノルマが決まっているから
できるだけ負荷のかからない態勢を
大事にしつつ、やる。

練習とは、つまり 苦しみに耐えること。
それ以上になにもない。
‥と、思っていた。

耐えたからといって強い選手に
なれたわけでもなし、
なんとなくこなしていた。

*

それで、話を今に戻すと、
最近は積極的に ラジオ体操をし、
筋トレに快感を覚え始めてる。

なぜなら、
一日中家にいてほとんど座って
なので、立つとめまいがする、
着替えるとき片足で立つと
バランス取りにくくなってる、
唯一の運動は料理と洗い物、

体力に危機感を感じ始めて、
昨年の夏から早朝ランニング、
しかし続かない、
ロードバイクで実家まで狭山丘陵を
ふた山超えてサイクリングがてら
帰るのもひと月にたった数回。

なにかせねば!

大変なことになる前に、
体に負荷を掛けなければ、という気持ちに
なったのです。

それでやるラジオ体操、筋トレ。

得られるのは、効能の実感と、
フラストレーションの解消。
理由と目的がはっきりしている。
鮮やかなほどに。

ラジオ体操のお姉さんの正しく
機敏な動きを忠実に再現しようとし、
普段使ってない筋肉のほこりを
払うように動く。

筋トレも全身に力をみなぎらせる
イメージをもって、
負荷をかけて動かす。

これがたのしくて、さっぱりして、
いいのである。目的を自分で見つけられる、
というのがいかに幸せか。
実感する近頃です。

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