ことばの実験室 更新2019/7/15

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本気を出すって、
むずかしいよなあ。

よっしゃ、次は本気でいくわ、
とか言っている時ほど
うまくいかない。

「まじで、つぎは、本気で、
マジ本気だすから!」

…言えば言うほど、信用ならない。

なんなんだろう。
本気になるっていうのは
別の言い方をすれば、
ちゃんと心配する、とか
ちゃんと不安になる、
そのための準備をする。
ということなのかな。

最近ぼくが感銘を受けるのは、
ああ、これを考えた人たちって
心配に心配を重ねて神経を巡らせ、
抜かりなく、しっかり冷静で、
本気で悩みぬいた結果なんだな
と思わせてもらえること。

M-1の優勝とか、新しい年号とか、
ほかにもあるけど、
もうジャンルを問わず。

―「本気」って人への評価のときは
使えるけど、
自身には使いにくい言葉なのかも。

あんまり話題にしたくないから
こっそり話すけど、
改元される前の街頭予想の
インタビューをみると
「平和で安らかな時代に
なるような年号だといい」
「安心してこれまで通り過ごせる
時代を思わせてくれるのがいい」
と願う人たちがほとんど。

そんな年明けにおみくじを
引くような気分なら
次の日本の年号は「大吉」でした!
でいいのでは、と冗談を思ったり。。

自分が、これからの未来について
希望を考えるとしたら、
どんなだろう?

ぼくもぼくとてバカみたいな
言い方でいえば、宇宙視点。

人間が、人間のためだけに生きている
というのは、本当に
人生ゲームやモノポリーを
実際の世界でやっているようなもの。

土地の価値が高いボードウォーク
独占したら、
そこに家やホテルを建てる、
というのがゲーム的発想なんだけど、

現実では、たとえば、その
家を建てたい場所には
朽果てそうな伝統的古民家があったり、
見晴らしのいい丘陵があったりする。

でも、ゲームをやっている感覚なら、
そこは「空いた土地」である。

たとえが、安直すぎるけど、
人が人のためだけに何かをしたり
考えたりするっていうことに、
違和感を感じることが時々ある。

だから…
なんだろうな、よくある
遠いところに旅行して
海辺に夕陽なんかみて
「あーあたしの悩みなんて、
ちっぽけなもんだったんだ」
と思うような感覚。

あれが、日常的に
もっとあっていいような気もする。

…話がちょうどよく
散漫になったところで、
今日の作文はおしまい。

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