ことばの実験室 更新2019/7/15

591!

この作文が書きあがると、
累計作文数が591になる…
と、いうことは、
あと9つ書けば、600だ!

そこで、できるかぎり早めに
600に近づこうではないか
という作戦です。

さて、作文というは、
書くのが面倒なので、書きたいなと
思っていても、つい書かないで
いてしまう…。

思っているのに、書かないでいる、
というと、つまり、
書きたいアイディアだけがどんどん
蓄積されているんだねえ、と
思われるかもしれないし、
そう思いたいんだけど、
どうもそういうわけではないらしい。

一瞬、あ、これは…!と
思いがよぎることって、
メモしなければ忘れちゃうし、
メモしていても、時間が経つと
結局ホットな臨場感を忘れてしまう。

同じ自分のはずなのに、なんで
すぐに臨場感を忘れてしまうのか
というと、
日々感じていること、考えていること、
取り入れている情報に
まるで一貫性がないから。

あるときは、
サーカスの資料に、
ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち
に出てくるような、特殊な性質を
生まれ持った方々の写真をみつけて
「一般的な日常生活を送るには困難
だろう人々が同じ目的を持って
集った居心地感」
を想像して思い馳せたり。

あるときは、
60年~70年代のブラックミュージックや、
ダンスミュージックをヘビーローテーション
して、音楽ってセンスの塊だよなあ、
体の心地よさを元に作ってるって純粋で
ものすごい。。

言葉はさあ、使うとどうしても
浅はかになっちゃう。
だから、
「考える」とか「感じをキャッチする」
とかを日々ジョギングみたいに
続けてしているうちに得られる
体の感覚的なセンスで使いたい。
とか思ったり。

本を読みながら、
ことば遊びが大人や子どもにとって
価値になるってのは
どうしたらいいんだろう?
と考えたり。

煮物の灰汁を取りながら
昔のTBS番組「イトイ式」をみて
自分がその場にいたら、
こういう発言するかなあと
空想で再現してみたり。

とうとつに、昔読んだ
荒川洋二のエッセイを読んでみたいな
と思ったり。

…とっちらかっている。

SNSを使えば、とっちらかしたまま
短く書ける…という気もするけど、
なんかうまくいかないなと。

一つのアカウントを作ると
「これが自分である」
と、自分で思っていたり
思われている事について
自分に一貫性を持たせたくなる。

要するに意識の部分だけを
ぺっ、と貼り付けているような感じ。
(悪く言ってるわけではなく)

でもねえ…とおもう。
実際って、いろんなことを考えたり、
思い付いたり、感じたり、をしている
無意識の部分がある。

とにかく脈絡がない自分。
今日と明日の朝では違う自分。

時々、そんなどうでもいい話を
「俺の話を聞いてくれー」
というブルースな気分になります。

ブルースだからといって、
ブルーなわけではありませんので、
あしからず。

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