ことばのロボットいろはちゃん 更新2020/8/5

38億年の実家

好きなことに集中するって、
むずかしいって知ってましたか?

なぜなら、説明不可能だからです。

客観的に考えてみて、
「人には好きなことが必ずある」
と想像するのはたやすい。

そして、
「好きなことなんだから、
そこに没頭することも可能であり
そう難しいことじゃない」
という結論に至るのも、
まあ、童心があれば、そうだろうと。

じゃあ、じっさい自分自身の
好きな事に没頭していいよと
1年間くらい与えられたら、
ずっと没頭できる自信はどのくらい
ありますか?

なかなか難しい気がする、と
ぼくは思うんです。

人が何かを好きになる、
というのは、特殊能力の萌芽なんだと
思うんですよね。

ぼくの場合なら、面白い本の一節を
読んだとき、
好きな画集をぱっと見た時、
散歩しながら思いに浸る時
この感じをぎゅっと抱きしめたい
と思えるような、
心のなかの実家に帰ってきたような、
そんな気分になったりします。

それって霧のように掴みどころがない
自分だけの心地いい部屋にいるような
感触です。

だけど「いいなあ」と思い続くことが
なければ、
その霧の部屋はすぐに晴れてしまう。

晴れてしまうにも理由は
いくつかあって、
他に気が散ることたくさんあるとか、
社会的なつながりをもたなければ
とか、
そして、好きなことを「言葉」で
説明して、自分自身をふくめ
人を説得することができないから。

だから、魔法のように意のままに
いつでも「心の実家」を
呼び寄せることがむずかしい。

自分でも正体が良くつかめないので。

それでも、
いま、自分が描いている絵、文章、
作ろうとしている最中に
あ、この気分、この気分、
という感触が湧いてくると、
うれしくなります。

それをなにかしらの形に
なるまで突き詰めていって
はじめて理解が得られる。

いい夢を見ているときの
居心地と似ているのかも。

そういうときって
なんか脳内で快感を促す物質が
分泌されているんじゃないか。

どこに、なにに対して
分泌物が出るか、なんて、
自分が決めたことじゃないし、
おおいなる生命の神秘ってかんじ。

たかだか数千年の「人」が作った
社会や言葉よりも、
生命が誕生してからの38億年の
神秘の方をぼくは信用したいなと思う。

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