worksは8/24に更新しました.

現代っ子としては

昔のテレビ番組で、
過去の偉人の生涯ドキュメントを
いろいろ見てると分かるが、
彼らには、人生を一変するような
出来事っていうのがたいていある。
 
ほんとに、なんでもないようなことに
ハッとして、意識が一変する。
悟る、というか。
 
一般人であるわたくしとしては、
そんなことあるかよ、と思うけど、
ある人にはあるみたいなんです。
 
それはひたすら悩み続けているから
なんでもないことが、
重要なことに思えてくるのだそうな。
 
尼さんの大石順教は
10代の頃の両腕をなくし、
様々な苦悩を抱える。しかし
カナリヤが雛に餌をあげるのをみて、
両腕がなくてもできることはある、と
心機が一転する。
 
なぜに、そんなことで…と思う。
天才と言われた過去の偉人たちも
何かを発見したきっかけは、
なんでもないようなことだったりする。
 

 
そして、どうしてぼくには
やってこないのか、と思う。
だけどそれは突然ふってくるものでは
ないようだ。
 
さんざん、悩んで苦悩していて、
無意識にまで悩みを考え続けると、
その結果、ささいなことが引き金となって
答えが導きだされる。
 
それって、ものすごく前向きで
能動的なはたらきを続けることでしょう。
 
かつての自分は、
「変わりたい」と思いながらも、
本当にそれを自分が自分の責任で
やるのか、と考えるだけで、ぞっとした。
 
人生を一変するようなことを
望みながら、
大事なことはだれか、別な人が
やってくれるんじゃないか。
 
そういう思いがあった。
 

 
小学生のころのことを
思い出した。
 
一人で家で夜の留守番して
夜ご飯食べて、歯を磨いて、
お風呂入って、パジャマきて、
寝ることが
できた時を思い出した。
 
そんなことですら、できる気が
しなかった。
(正直に言うとパジャマは、
着替え忘れた。)
 
一人だから、気が張っていて、
目がさえていたので、
本当に一人で眠れるのか、
そもそも眠るってどういう風に
すればいいんだっけと考えたりして、
分からないと思っているうちに
朝になっていた。
 
朝になると親が横にいて、
一人で夜を過ごせたことを
自慢したっけなあ。

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