worksは8/24に更新しました.

凸凹かフラットか

ちょっとだけ面白いなと
おもったこと。

「掃除したてのトイレは、
居心地がいいなあ」と思って、
つい長居をしているときに
ぼんやりしながら思ったことです。

SNSというと、
ぼくはFacebookとInstagramを
しているのですが、
それぞれの違いがあって面白い。

今さらなにを言ってんだと
思うかもしれませんが、
トイレでぼーっとしながら
考えていたことなので、ご勘弁。

Facebookは、
実際に対面で会ったことがある人が
9割くらい。
270人くらいの人と、会ったことがあって
その人たちと「友達」なのだそうです。

正直、そのなかで友達と呼べるのは
いないのでは、とも思っているのですが、
まあ、現実の関係性の過去の蓄積。

中には1000人以上も友達がいる人が
いますけど、いすぎだろ!と
つい笑ってしまう。
いや、ばかにしているということではなく
すごいな、という意味で。

仕事上とか、学校が同じだったとか、
成り行き上の、自分という「人」が
軸になっている関係性でのつながり。

でも「実際に知っている」がゆえに
心の距離をつめようとすると
「関係性」が障壁になる、という気が
ぼくはします。

分かりやすく言えば、
年齢や、先輩後輩や、仕事の発注するひと、
請け負う人みたいな、階段のような凸凹が
リアルな関係性では浮彫になるよなと。

変に気を使いすぎてしまうというか。

上手な人は、一定の距離を保っている感が
あるけど。

一方Instagramでは、
つながっている方と会ったことがある人は
1割もいない。

9割以上が見ず知らずの人。

だからこそ、
自分という「人」は出さずに、
絵を描くということだけで
つながった人たち。

年齢も性別も、立場も関係なく、
とにかくフラットに、
絵について関心を持ってくれている人たち。

上からの人も、下からの人もいない感じ。
関係性がない故に、
心の距離が近いと感じるんです。

ぼくは似顔絵を描いているので
そのリアクションとして
元気がもらえるし、
役に立っている、という実感も
頂けている。

イラストを描いている同志が、
フラットにその絵がいいね!と
言い合える感じ。

これ、なんか学校のクラスに似ている、
とおもったんですよね。

気兼ねなく雑談するように、
コメントしてくれたり、
メッセージをしたりという。

そしてそれが自分の表現という、
自分が自分で思う「本当の自分」
を踏まえてくれているから、
とても、うれしいがとまらない。

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