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今回の実験「あたらしいロゴをかおもじサインにしてみました」

魅力的な異質

できるだけ
多くの人の手に触れるものを
作ろうという時は、
シンプルな作り方がいい。と思う。
 
一見、あ、こんなんでいいの?
と思えるものほど、
よくできていたりする。
 
ワークショップするにも、
煩雑なルール設定や、
たくさんの行程を設けると、
当日、冷や汗をかくことになる。
 
それは本とて同じで、
たとえば、
「ことば遊びの本なら、
ことば遊びを紹介する本」
「絵探しの本なら、
絵探しの本」
「小説なら小説」
など、目的を達するために
必要なものだけで
構成した方がいいに決まっている。
 

 
…とは思うのだけど、
欲望としては、
物語も入れたいし、ことば遊びも入れたい。
仕掛けもうまく取り入れたい、
と欲張りになる。
 
むしろ、
他の人になくて、自分だけの…
という意味で考えると、
欲張りにならざるを得ない。
 

 
ひとつの本に、二つ以上の
要素を入れようとすると、
とたんに難しくなる。
 
作る方にとっても、
見る方にとっても。
 
ことば遊び×物語という意味で
「ことばサーカス」は
作ったんだけど、
成立させるのが困難だった。
 
物語の「かなめ」に、ことば遊びが
100%活用されないと意味がないから。
 
「このことば遊びがあるから、
こんな物語に展開していきます」
というごく自然な展開を
用意する必要があった。
 
舞台を用意し、
ことば遊びのネタを列挙し、
そこから、どんな物語が広げられるか、
全てがマッチしないとならない…。
 

 
飛躍した話をするなら…
さらに、
製本上の仕掛けを加えるとなると、
製本の構造自体が、物語に対して
メタ的な意味を効果的に発揮するような
設定を組まないとならない。
 
具体的に書くと大分長くなるので、
そろそろ本題に移るけど…、
 
そんな「複数軸」が奇跡的に
合致している本を偶然みつけた。
 

 
くろて団は名探偵 (岩波少年文庫)
という本。
 
「推理(なぞなぞ)」
「絵探し」
「物語」
この3つの軸が
なんと、見事に組み合わさってる。
 
ざっくり引用すると、
こんなかんじ。
 
「探偵団の秘密基地の
向かいの空き家に、
だれかが、いるような気配が
あった。」
というようなお話があって、
そのあとに、こんなQがある。
 
「その家にだれかがいると、
なぜわかったのでしょうか?」
 
次ページにはイラストがある。
くろて団というこども探偵団が
向かいの空き家に誰かがいる、と
判断した瞬間のシーンが
事細かく描かれている。
 
ウォーリーのような
「〇〇をさがせ」ではなく、
この状況をみて、
どんなことが推測されるか、
考えてみよう、というタイプの
なぞなぞかつ絵探しなのだ。
 
ページをめくると、
「くろて団の子どもたちは、
煙突のけむりを見て、その家に
だれかが住んでいるとわかったのです。」
と答えが出てくると同時に
くろて団は、その住人に目をつけ、
動向を見張ることにした…
 
といった具合に
物語として展開していく。
 
絵探しのイラストが入ることで、
フィクションだったはずの物語を
現実で再現可能なあそびとして
体験することができる。
 
要するに、
物語の探偵している様子を
読んでいるぼくも同じように
体験することができる。
 
…本の面白さの一つに
現実生活での再現性がある
っていうのは重要だなあ。
と思う。
 

 
ついでながらに書くと、
絵がいい。
 
作者自身が描いているようなのだけど、
とにかく読者の細かい観察に
耐えるだけの密度と、虚構を
現実と思わせるだけの自然さで
描かれている。
 
描かれたのは1965年。
勝手なイメージだけど
あの頃のイギリスやアメリカの絵は、
平面的に構成されたものが多い。
 
建物などの線は、まず水平に
引かれて描かれてるような。
 
けれど、「くろて団」の作者である
ハンス・ユルゲン・プレスの絵は
線が斜めなので、鳥瞰図的な、
空間的を意識した構成になっている。
 
特に岩波少年文庫のような
読み物に入れられる「挿絵」と
比べると、明らかに異質。
 
ひさしぶりにときめいた一冊でした。

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