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今回の実験「あたらしいロゴをかおもじサインにしてみました」

風景の解釈

試作の材料をさがすときは
近所のホームセンター。
 
郊外なので敷地も大きい。
もちろん駐車場も広い。
 
車でいくと必ず屋上に停める。
1階が空いていても屋上に行く。
 
なぜなら景色が良いから。
山が遠くまで重なるように
連なっているのが見える。
 
奥の山ほど、うすくかすむ。
おおよいよい。
 

 
景色って、
見えるままだなあと思う。
見ながらいちいち言葉に解釈して
感じているわけではないし。
 
これもなんていったらいいか
むずかしいけど、つまり、
述語がなくても良いんじゃない。
と思ったりする。風景の描写に。
「修飾語+名称」の羅列だけで
言葉から風景は見えて
くるんじゃないか、という
予想を立ててみた。
 

 
試しに風景描写部分を以下引用。
 

 
東の山々は濃い藍色だったが、
その背後から射してくる光が、
洗ったような赤で山のふちを
かすかにいろどっていた。
そして、さらにさきに行くにつれて、
私の頭上あたりでは、その光が
冷たい灰黒色になり、
西のはずれ近くでは、完全に
夜のなかに溶けこんでいた。
 
(『スタインベック短編集』
「朝めし」より引用)
 

 
もうひとつ引用。
 

 
どんよりとした朝靄(あさもや)は
朝餉(あさげ)の炊煙と融(とけ)合い、
停車場前の広場に立って、
〜中略〜
眺めわたすと、
東山は白い靄に包まれて清水の塔が
音羽山の中腹に夢のようにぼんやりと
浮かんで見える。
遠くの愛宕山から西山の一帯は
朝日を浴びて
淡い藍色に染めなされている。
 
(「黒髪」近松秋江著より引用)
 
 
ああ、風景に述語って必要なんだ。
「濃い藍色の山々」
「背後からさす光」
「洗ったような赤い色」
と並んでいるだけじゃだめなんだ。
 
どういう位置関係で、
どんな相互作用があって
生じている現象か、
などという関係こそ風景なのであった。
 
名称だけぺたぺたはりつけても
奥行きは生まれないのか。
 
 

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