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違和感が消える瞬間

なまあたたかい夜道を歩いていると、
だれもない公園の真ん中で
老人がひとりで立っているのを見かけた。
 
なぜかホールドアップしたポーズを
している。どきっとする。
アメリカの犯罪者に狙われたときの
様子とおなじだ。
苦々しい表情をしている。
 
しかし、まわりには誰もいないはず。
いや、まさか、と想像が頭をよぎる。
見えない草影からスナイパーが狙って
いるのかもしれない。
 
とんでもない事件に巻き込まれると
困るので、
目だけ注視しながら遠巻きに歩いて
通り過ぎようとした。
なんにせよ、明らかにおかしいポーズを
とって、じっとしているのだから。
 
すると、老人はそのポーズをやめ、
今度は足をぐぐっと伸ばしはじめた。
そこでようやく分かった。
 
あれはストレッチだったのだ。
 

 
話は変わるけど、作品を作ると
大抵、違和感のあるものになってしまう。
 
元来が「変なもの」を作りたいと思うので、
革新的、とか、芸術的、
という意味では違和感があってこそ、
なのかもしれないけど、
エンターテインメントを前提とすると
「変さ」が違和感としてではなく、
おもしろさとしてすっと伝わってほしい。
 
さっきの「変な老人」も、
ストレッチをしている、と思えばこそ
すんなりと存在を認めることができる。
 

 
日常には、そのように、
一見おかしいことはいくつもある。
 
電車に乗っていると、
とつぜん、叫び声がきこえた。
「むおー!むおー!」
かなり大きな音だ。
 
ぼくは、うとうとしていたので、
はっと目が覚めて
なんだ、なんだ、と思ってみるが
周りはなんら変わりなく平然としている。
 
「むおっ!」
またこの声だと思って、その方向をみると
ハンカチを顔にあてたおじさんだった。
くしゃみだったのだ。
 
くしゃみだと思えばこそ、
唐突に絶叫に近い声を発しても、
みんなは平気でいられるのだ。
 

 
他にもこんなことがある。
本屋をうろうろしていると、
反対側の棚の向こうから声がする。
商談をしているような事務的な話だ。
 
しかし、「相手」の声が聞こえない。
ふと声の聞こえる棚の方に移動すると
スーツを着た男が、本を手にとりながら
一人でしゃべっていたのだ。
電話を手に持っているわけでもない。
 
こいつ、一人でしゃべってるヤバい奴だ。
と思って、
と横を通り過ぎようとした時に、
耳もとを見ると、
無線電話を耳につけていた。
 
あ、なんだ、やっぱり電話だ。
電話だと思ったとたんに、ちゃんとした
サラリーマンに見えてきた。
 

 
一見、変なことに思えても、
変なことじゃなくなる
きっかけってのがあるんだな、と思う。
なんだろうな。

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