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語感のあるシーン

まだあんまりうまく言えないことを
書こうと思います。
 

 
小説を原作とした映画を観た時、
映画の方が面白いか、
小説の方が面白いか、
などと言われることがあります。
 
当たり前だけど、文と映像だと
手段が異なるので感じも変わる。
 
映画は時間的な制限があるし、
どうしてもすべてを描ききれない
ということを差し引いても、
やっぱりどこか映像と小説には
明らかな違いがあるように思う。
 
映像で伝えられること、
文章で言えること、
というのは共通点はありながらも
互いに別個のベクトルをもつ、
という気がしています。
 
それはなんだろう。
 
ゴミの真似170
 
たとえば、それは語感。
 
「五月雨」という言葉を
映像的に表現する時には、
どういうシーンにするんだろう。
 
「霧に近い雨」を降らせるのかもしれない。
でも、そうすると「五月雨」という
字面から浮かび上がる独特の感覚は
消えてしまう。
 

 
牛乳の写真をみるのと、
「ミルク」という単語を目にするのも
また違う感覚。
 
「果実のように甘いミルク」と
言う時には、これは映像では
表現しきれないのではないか。
 
生理的な言葉の感覚は
映像とは全く無関係な表現手段として
独立しているように思います。
 

 
言葉にしか感じられない語感、
映像でしか伝わらないシーン
というものを、
一体化させて表現として定着できたら
面白そうだな、と考えています。
 
次のトップページに、と思っています。
もうすぐ。

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