ことばの実験室 更新2019/7/15

詩を書きましょう

チャボとけやきと泰山木」 (けやき出版)
(田中恭子著)
という本と出会った。

なにかというと、児童詩の本。
もっとかみ砕くと、
小学生が書いた詩を集めた本。

もともと、著者の師で、詩人の
吉田瑞穂(1898-1996)が
児童詩の教育活動をしていたのが、
もとらしい。
それを受け継いだ本。

まず、読み始めて驚くのが、
著者は小学校の校長先生なんだけど、
全校生徒に「詩を書きましょう」と
宣言をした。

えーそんなことできるんだ、
と思ったけど、なんと2年弱で
約5000もの詩が集まったのだという。
全校生徒533人で。

でもなー、
詩は読むものであって、
自分で書くものっていう感じがしない。

詩を書いてください、
といわれて、素直に詩を書く、
のむずかしい。

そもそも、詩ってなんだっけ?
と思うんだけど、そこで、
田中先生は、こんな用紙を用意した。

「詩を書きましょう」

〇だれかにはなしをするように

〇ひとりごとをいうように

〇ざいりょうは、なんでもいいのです

〇よく見たこと、きいたこと、
さわってみたこと、においなど

〇うれしいこと、かなしいこと、
くやしいことなど

詩を書くことが、端的に
どういうことかというと、
「感じたことを把握する力」だと
吉田瑞穂氏は言っていたらしい。

なんと分かりやすい。
こう言われれば、なんでもいいんだな、
って思える。

要するに、
一日過ごしていて、
「あ、これは」と感じることは
よっぽどぼんやりしていなければ、
必ず一回くらいはあって、
それがなにか把握しておく、
ということ。

それが、窓の外から聞こえてくる
かっこうの声がきれいだな、とか
家の中で一番風通しのいい場所は
ここだな、とか、なんでもいい。

なにかをみて、なにかを感じる、
っていうのは、
他でもなく自分にしかできない。

これを読んでいるあなたの
感じていることを、
ぼくが同じように受信することは
できない。

昨日紹介した「脳のなかの幽霊」
じゃないけど…
詩は、心霊写真みたいなもんだな。

実際には、なんの変哲も
ないはずなのに、
その人がそう感じると主張すると、
あたかも、そういうものが
あるような気がしてくる。

本来、詩や俳句って、
技術や知識や、経験がものをいう。

でもここでは、
そういう技巧的な良い悪い、
ではなく、
その時、その場で感じた、
ちいさな感動を大切にする。

上手くなくていいなら、楽だなあ。
そういう意味では、
この作文も把握力のための詩なのかな。

詩だなんて、一ミリも
考えたことなかったけど、
詩を書こうと思ったら、
また別の書き方になるんだろうか?

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