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言葉のエッセンス

映画でよくある「2」ものが
つまらなくなってしまうのは、
言いたいことが、一つしかなかったから
ではないか。
 
逆に2ものが面白くなるものは、
言いたいことが一つではなかったから
ではないか、と
ぼんやりと考えたりします。
 
ひとつの素材を使って
一つのことを言うのはできる。
でも、ふたつ以上になると
必然性がなくなる可能性がある。
 
そうなると「1」の惰性となり、
「はじめて」の刺激が薄らいでしまう。
 
反対に、ひとつの素材を語るとき、
ああも言えるし、
こうも言える、と多角的に
別物として捉えることができれば
「2」としてちゃんと成立する。
 

 
どうしてこんなことを
考えているか、というと、
僕自身「2」を作らねばならない状況に
なってきているからです。
 

 
「動的なことばあそび」というものを
作ったけれど、
次回も同じような調子でやっていたら
ちょっとまずいぞ、と思っています。
 
言葉に対する考えも感覚も感受性も
あまりに浅はかになってしまう。
 
言葉に、さらに違う視点を与えたい。
いつでも新鮮に捉えていたい、
という欲求があります。
 
おぼろげに、ああいうかんじ、
こういうかんじ、というのが
ちらほら見えてきているのですが、
具体的にならない。
 
言葉であることの必然性や説得力を
見つけ出さなければ、
表現として成立しないのです。
 
「ああいうかんじ」と感じているだけでは
考えていることにはならない。
 
そもそも言葉の本質的な性質って
なんだろう、と思い巡らせはじめる。
 
文法?脳のとらえ方?音?
など、挙げてみるけれど、ぜんぜん
枠を越えない。
 
そういう「ネタ」として
考えるものではないなと
最近気がつきました。
 
言葉での表現において、「説得力」や
「必然性」を想像力によって生み出す
過程にこそ、言い難い言葉の
エッセンスが潜んでいると思います。
 

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