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今回の実験「あたらしいロゴをかおもじサインにしてみました」

言葉が作る風景

いま詩歌が読まれるとしたら
どんなものだろう。
 
栞とか、パズルとか、アクセサリーとか
メッセージカードとか、
なにか実用性があるものに言葉を
くっつけてしまえば、受け手として
「読む」という理由がつきやすい。
 
けれど、純粋に文字だけで、
それも575のように
いくつかの単語の組み合わせだけで
「面白い」と思えるものにするには
どうしたらいいんだろう。
 
こんなこと言うと、俳句を
やっている方々に怒られそうだけど、
俳句としての完成度、という
玄人の目線で考えるよりも、
単純に「好みだな」と思えるかどうかの
素人目線で考えてみたいと思う。
 

 
そういう邪道な気持ちで、
ぼく自身も575を書いていたのだけど
イメージが過ぎてしまっていけない。
たとえばこんなの。
 
 忘れものとりにおいでよ三温糖
 
 天沼のウナコーワクール光りだす
 
 星空のこぐまわらって小倉あん
 
語感としてのやわらかさ、という
意識はするんだけど、そのために
「自分の頭の中のイメージ」に頼りすぎて
現実に即する感覚がほとんどない。
自由すぎるが故に、読み手の心に
入り込んでいくほどの説得力が
ないのでは、という懸念。
 

 
ではもっと「理屈」によったものならどうか、
 
 物いへば唇寒し秋の風 芭蕉
 
 世の中は三日見ぬ間に桜かな 翏太
 
 精出せば氷る間も無し水車 不角
 
これは正岡子規著「俳諧大要」で
引用されているもの。詠まれたのはずっと昔。
 
どれも「なるほどな」と思える。
理屈としての説得力を備えている。
特に一番上のは体温まで伝わってきそうだ。
 
けれど、マンガゲームアニメで育った
私(たち)にとってみると、これらの
実写的な表現では飽き足らない気持ちがある。
 
では、その中間として
こんなのはどうだろう。
 
 水中の河馬が燃えます牡丹雪
 
坪内稔典著「高三郎と出会った日」から
引用したもの。
この句のことについて書いた俳文からも
いくつか引用を箇条書きしてみる。
 
●少しマンガ的な光景
●ネンテンさんの俳句は言葉の風景
●現実にある風景ではなく、言葉が作る風景
 
ああ「言葉がつくる風景」って
そういうのもありなんだなあ、と思う。
他の坪内作品はこんなかんじ。
 
 星冴えてフィラデルフィアの窓みたい
 
 落ち葉してピアノになったハイヒール
 
 探偵の靴に日がさし牡丹雪
 
語感が気持ちいいし、単語同士の
取り合わせが意外で、そこから
面白さと妙な説得力が生まれている。
 
ここに近づきたい。

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