ことばの実験室 更新2019/7/15

蛭子能収

ぼくはどういうわけか、昔から
クラシック音楽が好きで、
小学校の頃はブラームスや、
ヴィヴァルディを聞いていた。
超ど定番だけど。

学校の帰り道に、一人で頭の中で
オリジナルの曲をオーケストラで
鳴らしながら、ぼんやり歩いていたり、

母の誕生日に、自分が欲しいから、
という理由で吹奏楽のマーチングの
CDをプレゼントしたりしていた。

それで、4年生くらいから、
吹奏楽クラブに入ることに。
見学の時、高学年の演奏する
フォスターの(ケンタッキーの)曲
鳥肌が立ったのを覚えている。

けれど、聞くのは好きでも、
練習はそんなに好きではなかった。

演奏会も間近になったある日、
顧問の先生が怒鳴った。
「このままじゃうまくいかないよ」と。

「このまま」というのは、
つまり、ぼくたちの態度のこと。
どこかで気の抜けたメンバーに
緊張感を与えたかったのだろう。

先生がぴしゃっと教室を出て行くと、
残ったぼくたちはうなだれ、
シーンとする。そのうち、
女子のすすり泣く声が聞こえる。

みんな真剣。決意を固めたように
リーダー的な女子が、立ち上がり
「わたし、先生のところにいって、
戻ってくるようにお願いしてくる」
と上ずった声をあげると、
数人の女子がわたしも、わたしも、
と名乗りを上げる。

こういう時、男子としては、
どうしていいか分からない。
みんながしゅんしゅん鼻をすする中
ただ、黙っていることが耐えられなくて、
つい、可笑しくなってしまう。

わらっちゃだめだ!と思うほど
「戻ってくるようにお願いしてくる」
という、さっきの演技がかった迫真さが、
逆にわらけてきて、肩が震える。

そうだ、これは泣いて震えていることに
すればいいと開き直り、
くっくっくとやる。

そのうちに、先生が戻ってきた。
教室は、女子たちが醸し出してくれた
シリアスな雰囲気で包まれ、
先生も「仕方ないわね」と
練習を再開してくれた。

後日、案の定、ばれてしまう。
「あのとき、笑っていた男子がいた」
どこからともなく噂がたって、
数日の間、ひやひやしたことを
ふと思い出した。

どうしてこの話を思い出したのか、
というと、テレビで蛭子能収を見たから。

なんだか変な人だなあ、
どうしてこの人がテレビなんかに
出ているんだろう。

という興味で、調べてみると、
彼もお葬式とか、シーンとしている
場所に居合わせると笑っちゃうらしい。

何か通じるところが
あったのかもしれない。

つい、人って、真面目な人に
合わせてしまう。
いや、合わせた方がいいんだけど。

合わせられない自分を
欠点として、反省して、矯正しよう
という気持ちになる。
いや、矯正した方がいいことも
あるんだけど。

そこを分かりながらも、
そういうことで形成される、
「自分は真面目で、できるやつで、
まあまあイケてる」というイメージが
ときどき過度に思えてくる。

蛭子さんを見ていると、
そんな過剰な自己イメージを
抑制してくれて、
間抜けでダメらしい自分を思い出し、
背を押してくれる気分になる。

蛭子能収 「ひとりぼっちを笑うな」(角川)
これは必読書だなー。

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