ことばのロボットいろはちゃん 更新2020/8/5

虫からみると?

人の主観って、なかなか払拭できない。

「土は汚い」と思う。
というのも、そう。

一方で、なかには土から栄養を
とる生き物がいる。
カタツムリは、コンクリートも
食べるらしいし、
ウシカエルなんかは、
泥まみれの芋虫もごちそうだって。
あと、みんなの嫌いなゴキブリも食べる。

カエルには歯がないので、
パクッと口に入れて、
当然生きたままごっくんする。
お腹の辺りをこにょこにょさせて
溶かしていく。

うへー、そんなの食べて、
気持ち悪いよ。と思う。

おおきいカマキリを食べる時は、
一度に入りきらないので、
足が口からはみ出た状態で、
お腹の中のスペースを
都合しながら、徐々に飲み込んでいく。

その足が出た状態って、
なに?怖くないの?って思っちゃうけど。

道なき道の先にある、
荒れたままの泥沼をみると、
こりゃひどい、と思うけど、
かえってそういう
人の手が入らないところの方が、
カエルにとっては健康的で
棲みやすい。

絵本なんかでも、動物の擬人化がある。
「がまくんとかえるくん」シリーズも
綺麗な家に、箱庭的な整った環境に
住んでいるように思えるけど、
あれは、結局のところ、
擬人化の部分を楽しんでいるのであって、
カエルの観察とは違うよなあ。

虫からみた感覚を想像すると、
どうも、人の生理的感覚とは
違うらしいぞ。

夜、歯を磨いていると、
洗面所にムカデのちいさいのが、
現れる。

「おっ!」とびっくりして
おまえはどこから入ってきたんだ、
と思ったとたん、
こちらに気が付いたのか、
ちょろちょろっと、壁のすきまに
潜っていく。

そんなところに隙間が、あったのかよ
という絶望的な気分で、
その裏側を想像すると、ぞっとする。

基本的に人が、汚いと思うところの方が、
棲みやすい生き物もいる。

「汚い」と思うのは、仕方がないけど、
人の思う汚さが、生物全部に
当てはまるわけじゃない。

そういう虫たちもいる、と思うと、
人が整備しすぎない場所を、
ところどころに残しておいても
いいのではという気持ちにもなる。

(正直を言うと自分の生活圏からは、
距離をおきたいと思うけれど。。)

虫の主観にちょっとだけ近い人もいる。

マルセルの夏」という映画で
田舎の少年が、
きれいなドレスを着た女の子と
握手をしようとして、
土まみれの手を差し出すと、
女の子は「きたない」という。
マルセル少年は、
「これは土だから、きたなくないよ」
という。

こういうセリフにもハッとさせられる。

田舎の生活で、
いろんな生き物に寄り添っていると、
虫の「したいこと」が分かるのかもしれない。

人間が一種類でこの世界を回しています、
みたいな感覚ではないんだろうな。

人が知覚出来ていないだろう、感覚を
想像するだけで、
見え方も解釈も変わる気がする。

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