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今回の実験「あたらしいロゴをかおもじサインにしてみました」

脱無感動人間をめざして

誰が言っていたか、
本に書いてあったか忘れたけど、
こんなセリフを覚えている。
 
「ぼくらが赤ちゃんとして
生まれてきたとき。
それをたとえるなら
サッカー日本代表の試合中に
事前知識もなにもなく、
それも突然、
じゃあよろしく、とコートの上に
ポンと置かれるようなこと」
 
なんとなく、なるほどと思う。
 
今ここで、なにが起きてるか、
なんでこんなことになったのか、
走り回ったり、ボールが飛んできて
蹴り返したり、笛が鳴ったり、
観客がうおーっとさけんだり、
存分に訳が分からない。
 
そんな感覚がよくわかる。
 
まずはサッカーのルールを覚える。
で、いま点数がどっちに多く
入っているとか、
攻めているのはどっちで、
守っているのはどっちだ、とか
そういうことを
大人になるにつれ
だんだん覚えていく。
 
むしろ知っていないと
周りで起きている事が
まじでわからない。
その結果、なにが起きるかというと、
ぼんやりになってしまう。
 
驚くなかれ、それが、
今のぼくである。
 

 
もう少し、実際に近い出来事で
考えなおしてみる。
 
例えば、都知事がなんで、
関東平野の中でも東京湾に面した
あの場所に東京をやっているのか。
 
当然のように東京には港がある。
でも、江戸より前に関東平野を統一して
いたのは、小田原であった。
 
だだっ広い武蔵の国のまんなかに
お城を建ててはどこからでも攻められる。
でも山を後ろ盾にすれば堅くなる。
 
けれど、時は経ち、
豊臣秀吉が天下を統一したとき、
徳川家康に武蔵の国をあげるよ、
と言って、その時、
これからの時代は港だから、
江戸に城を建てたら?と
アドバイスした。
 
東京のあの場所は、
秀吉きっかけなのである。
 

 
日本に「日本語」という考え方が
必要になったのは、明治時代から。
 
そもそも、明治維新がなんで起きたか
というところから、
今の日本語のでき方はさかのぼる。
 
江戸時代に国といえば、
日本ではなくて、
藩であったようだ。
つまり、ばらばらの小さい国が
いっぱいあった。
当然、文化も違えば話す言葉も違う。
分からないとこは
ほとんど聞き取れないくらいだとも。
 
やがて、西洋の人たちが日本に来る。
周りの国を植民地にしてきた人たち。
自分の国も植民地にされる危険があった。
 
戦うに対抗するには、
日本全部の力が必要で
小さな藩がばらばらでは、かなわない。
 
…ということを考え決心した人たちは
幕府を倒して、日本をひとつに、
という今でも使われそうなフレーズを胸に
明治をたてた。
 
鉄道などのインフラが作られて、
郵便もそうだし、遠く離れていても
連絡がとれるようになる。
それに出版するなら、たくさんの人に
広げられる。
 
つまり、ばらばらだった言葉を
鉄道を整備するかのごとく
ちゃんと整備して、決まった形を
とろうとして始まった。
 
みたいなこと。
 
日本語のでき方は、とても興味深い。
議論の中で、
「こういう」を「こーゆー」
「そうしよう」「そーしよー」みたいな
書き方を正しいとする、という
可能性もあった。
50音のなかに「ー」の文字を
いれようとしていた。
 
こういうことを、もっと
知っておきたい。

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