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背徳感のなせるわざ

中毒症状というものは、
なにかにつけて現れる。
 
適度であれば良いものを、
極端に過度になってしまうことで、
別のことに差し支えが出る。
そういうことが、たとえば
スマホのゲームにもある。
 
元来が一度夢中になると、
抜けだせなくなる性質なので、
僕自身かなり痛い目にあっている。
 
そのうち背徳感を
感じはじめるようになる。
このままでは大変なことになる。
今すぐやめるんだ!
ほらやめろ!
この!この!
と思いながら、続きをやってしまう。
 
これがなかなか面白い。
この、どつぼにはまっている自分が
むしろ可笑しくて面白くなってしまう。
 

 
これは今日のこの作文を
読んでいる人だけに特別で
教えてしまうけど、
人と会っているとき、
殊に打ち合わせのときに、
お手洗いにいくフリをして
こっそりスマホのパズルゲームをする。
 
ゲームを純粋に楽しむのではない。
ありえない状況で、しかも、
いまこれ絶対やるべきじゃないよね
という環境で、やっている、という
他ならぬ背徳感を楽しんでいる。
 
なので、ほとんどゲームに
集中できない。
やばーい、なにやってんだろう、
ばかじゃないかしら、と
冷や冷やしている。
 
席に戻った後、
「前回からの懸念点を改善するのに…」
とか、
難航しているネタの案出しに苦心して
「あなたはどう思う?」
とかなり真面目な話をしている時、
ぼくの目の中では、
パズルゲームのキャラクターたちが
残像として楽しそうに浮かんでいる。
 
冗談抜きで、がっちり画面を見て
パズルしていると、
顔を上げた後も、残像が
かなりくっきり浮かんでくる。
 

 
前に、オードリーの若林と
バナナマンの設楽と、
星野源が鼎談していて
「お茶している時に、なんの脈絡もなく
突然、相手に水をぶっかけたくなる
衝動ってあるよね」
という話をしていたが、
なんか分かる気がする。
 
真剣な話をしているときに、
まったくどうでもいいゲームの
キャラクターが、相手の顔に残像すると
なんかそういう衝動を
ちょっと解消できたような気がする。
 
(でもちゃんと話は聞いてます)
 

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