ことばの実験室 更新2019/7/15

空気の生命力

遠くて、めったに行けない本屋に
4年ぶりくらいに行ってこれて、
久しぶりに「わくわく」感。

はじめから何冊か買う気でいたので、
慎重に棚を見ていくんだけど、

こういう時、一番残念なのが、
探しても、持って帰りたい本がない時。

だんだん、
しょんぼりしてしまう。

棚は、ジャンルごとに
分けられていて、
アートのでも、マンガでも、映画でも、
小説でも、本屋についてのでも、
なかなかピンとこない。

だけど、最後の方でおっと、
これは!と思う本を発見。
そのすぐ近くの本も、あ、面白そう!
なんだ、なんだ、
この辺りすごいいい本がある!

と思ったら、それは
科学のジャンルの棚。
(なんでだろう。
もともと理系なタイプではないし、
手品を面白いと思うような感覚かな、
種明かしを施されているような、
知っているだけで、見え方が変わるという
ことが、一種のトリックのように
思えるからか、快感なんです。)

最初に目についたのは
朝永振一郎「見える光、見えない光」

この本の中に、
表題になった1篇のエッセイが
あって、それがおもしろい。
ここでいう「見えない光」というのは、
電波のこと。

電波の話に入る前に、
水の波紋、空気の振動と、
似た構造のたとえを階段にして
とんとん上がっていく。

なので、とても分かりやすい。

そして、
分かりやすいだけではなくて、
考えもしなかった視点を
与えてくれる。

それが何かというと、
たとえば、池で起こした波紋は、
水自体が移動しているのではなくて、
水の上下運動が、リレーしている。

空気の振動、つまり音も同じ構造で、
遠くから音が聞こえるというのは、
向こうにあった空気が、
こちらに届いた、のではなくて、
空気の震えた振動が、
ドミノ倒しのごとく
こちらに伝わってきた、
ということなのだそうな。

(本には、リレーとも、
ドミノ倒しとも書いてないけど、
そうイメージできる。)

…そんなこと、当たり前じゃん、
と思うかもしれないけど、
リレーする、とか、
ドミノ倒しというイメージが
伴うと、それだけ、ぎっしり
空気が並んでいる、
という様子が不思議に浮かんでくる。

ちょうど田舎にいって、
わーなんにもない!というように、
(お前が存在として認識しているのは、
コンビニと、食べ物屋だけか、と思うけど)
あなたと、あなたが見ているこの画面との
あいだには、なにもない、ということに
なっている。

でも実はそうではなくて、
ちょうど水に潜っている人が、
どんな隙間もないくらい回り全部が
水であるように、
ふだんから空気も、ぼくらの周りに
ぎゅうぎゅうに満ちている。

それが、呼吸として
いろんな生き物の体に宿ったり、
なにかしらの物質を運び匂いとなり、
暖められては、浮かび上がって
風となり、振動で音にもなる。

空気そのものが、とても有機的で
自由に動き回っていて、
生命力に満ちているという気分に
すらなってくる。

梅雨の時期の田舎に行くと、
土のやさしい匂い、植物の青い匂い
肥料のつんとした匂い、湿気と
取り合わさって、濃い有機物がすーっと
体に入ってくるようで、

そういう時には特に、思う。

もともと「電波」に関するエッセイなのに、
勝手に道を外れて、
妄想が膨らむのも、また
本のおもしろいところ。

こういう出会いがあるのも、
本屋のすごいところです。

« »

サイト管理