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石ころな言葉

詩歌には、
じぶんの気持ちとか
自らのレンズを通して投影された
風景のようなものが漂っている。
 
感覚的な状況モデルが先だってあり、
それに基づいて言葉がつみとられる。
そういうイメージ。
 
前に書いた、
文学と叫びとは複雑に
関係している
。」
というように、詩歌にも
「叫び」のような能動的な感情が
含まれているように思う。
 
けれど「じぶんは…」とおもうと、
叫ぶべき境遇など持ち合わせておらず、
好きな作家と比べてみると、
僕はとてもかなわない、と思って
残念な気分になる。
 
がらがらn095
 
自分が575を書く時は
まずは材料探しから始めます。
素材は本の中。
 
本を眺めていると単語の集積が、
石ころのように
粒だって見えてくる。
 
ここからきれいな石ころを
拾いあげるといったイメージ。
 
手ですくうと、単語がいくつも連鎖して
現れるのでそれを
575の音に合わせている。
という態度としては、とても受動的。
 
感情表現の手法としてではなく、
言葉をモノとしてみているのだと思う。
 
選びとり連想し並べている。
自分ではこれらを
言葉の清潔さ、ほがらかさ、などの
生理的な快感として捉えているけれど、
これが一体なんになるんだろう。
どのくらい伝わっているんだろう。
 
と考えたりしている。
 

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