ことばのロボットいろはちゃん 更新2020/8/5

潜在的なともだち

インスタやっていて
「面白い」と思うことと、

ぼくが高校3年生の時に通っていた
美術予備校の「面白さ」とが
似ていると思うんです。

高校生活っていうのが日常で、
人との付き合いかたは、
外見や、表面的な自分、それから
だれと友達でいるかということに
左右されていたと思う。

クラス単位で、とか、
部活単位で、とか。

同じ学校でいても、知らない人の方が多い。
だれかに割り振られ、限られた範囲で
付き合う。
だから、馴染む、馴染まないが
けっこう顕著だったりしますよね。

外見って結構壁だったりするし、
趣味も趣向も違うランダムな人が
40人くらい謎に集められて
一緒に勉強をしなければならない。

ところが、
3年生から通い始めた美術予備校では、
それが一変したんです。

その人を、どういう人か判断するのが
外見や表面的なところだけではなく、
「どんな絵を描くのか」という視点が
追加されるんです。

そこで、趣味や趣向や、内面が
見え隠れする。

描いている絵を見て、
外見を見る限りでは今まで
全然縁がないと思っていた人に、
「あれ、この人のセンスいいな」と
惹かれる気持ちが芽生えたりも。

それで仲良くなったりすることが
とてもたのしい。

真面目で無口そうな暗い人と、
クラスの中心人物的な人が、
仲睦まじく話している、みたいな姿は
予備校では当たり前でした。

まったく見ず知らずの人たちの
集まりなんだけど、
絵を描く、という名のもとに
集まっているから
お互いに刺激になるのです。

SNSでもそういうところがあって。

最初にリアルで会ったら
絶対に知り合いにすらなっていない
ような人たちとやりとりできる。

そこで交換するのは、
社会的な立場とか、関係とか、
外見や性別や年齢という分類じゃなく、
(インスタグラムなら)
そこに投稿される作品や写真やことば。
いわゆる「表現されたもの」だけ。

直に内面とリンクできたような
うれしさがあります。

社交的ではなく、
リアルな人付き合いは、
限られた数人だけで間に合っていて、
内にこもっているのが
好きな自分にとったら…

その内側で直接知り合える、
ということが、すごくいい。

潜在的なともだちって
たくさんいるんだなと思います。

最近も、とあるインスタライブで
自分の描いた絵について
解説している方がいたのですが、
その人が
「あーこれ、描いたのが3年前だから、
どういう気持ちだったのか忘れちゃった」
って言っていて。

これ、どういうことかと言うと
裏返しに言えば、
絵を描く時は、必ず自分の気持ちが
絵に反映されている
ということで。

絵(に限らず表現するってこと)の
醍醐味ってそこだよなあ、
とあらてめて思ったんです。

自分の気持ちが表れているから
魅力的になる。
どんな気持ちであったとしても。

「ぼくはどうだっけ?」と
自分自身に問いかけると、
あ、そうか、自分の気持ち…
ちょっとないがしろに
していたかもしれない。

こういう反省と刺激をもらえて、
ほんとうにありがたいです。

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