ことばの実験室 更新2019/7/15

気遣うためのオリエンテーション

とあるカップルの会話。

「こんどの映画さ、なにみる?」
「え、どうして?」
「どうしてって?映画行きたくないの!?」
「え、そんなこと言ってないじゃん!」

…というささいなところから、
ケンカが始まる。
よくありがちなシーン。

断片から、予測して
なにかを読み取ろうという現象が、
人にはあるようです。

上記の例は、「先回りして察してくれるな」
あるいは「そんなつもりはないのに」パターン。

逆のパターンもある。
こういうの。

「冷蔵庫に水ある?」
「あるよ」
「えーどこ?見当たらないけど」
「冷却器の下に溜まってるよ。」
「え?ぼくが欲しいのは飲み水だよ…」

冷蔵庫に水ある?といえば、
飲料水だということは、
言わなくてもわかるだろ、と。

つまり「そこは察してくれ」パターン。

いや、もしかしたら、
「水ある?」と聞いた人が、
冷蔵庫に保管したフィルムが
ダメになった理由を探していたら、
「冷却器の下に溜まっているよ」
という回答は、的を得ている。

察し、が当たるかどうかは別として、
そういうふうに、
断片と断片を、勝手に予測して
繋げたくなる心理がある。


たとえばこんなの。

「彼は飛び込み台の一番高いとこから
プール飛び込んだ」
「彼は足を折るケガを負った」

と、この二つの文を見ると、
足を骨折した原因が、
プールへの飛び込みであるように思える。

「彼に思い切って告白をした」
「その夜、私は目を泣きはらして、
友人と長電話した」

これも、書いてないけど、
フラれたのは明白、に思える。

(いや、もしかしたら、
告白には成功したが、彼が多額の借金を
背負っていた事が明るみになったから
泣いたのかもしれない)

想像するとキリはないけど、
こういう効果って、映像でいうところの
モンタージュ効果みたいなものか。。

こうやって、察したり、
勘違いされたりする、
という心理を意識してみること。

それを
コンピュータと認知を理解する
という本では、
「我々が世界を「気遣う」基本的な
オリエンテーションである」
という書き方をしていた。

断片から察する、というのは、
つまり、相手がどんな状況にいるかが
重要だったりする。

冷蔵庫に水を探す人が
喉が渇いていたのか、
フィルム不良の原因を探してたかで、
「水ある?」の意味が変わるように。

人の話を聞く時、自分から語るとき、
相手がどういう状況にいるのか、
想像して考えること自体が
気遣うための
オリエンテーションなんだって。

これは、面白い。
ぼくは面白がっても、
実生活に落とし込むことが
苦手。

だけど、それを遊びに
変換してみることはできそうだ。

ちょっと考えてみたい。

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