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ことばの実験室「しらんちゃんのかんちがいそうだんしつ」更新2018/12/27

楽しくある必要

突然、見知らぬ大人に
「さあ、作文を書きなさい。」
と言われたら、どうしよう。
いや、妄想の話なんだけど。
 
「さて今から一時間は作文の時間です。
いいですか?」
こう言われたと想像して、
自分に集中の暗示をかけようと思うが、
うまくいかない。
 
まずパソコンを立ち上げる。
が、しかし、そこで思考が停止。
あれを書こう、という
気分が湧いてくればいいけど、
どうもそうもいかない時はある。
 
特に理由もなく散漫力が発揮され、
なにか、考えごとがうまくできない。
そういう時もある。
 
そういう時に頭の中の大人が
「ほら集中して、
なにか書きたいことはないの?」
と促す。
 
そんなこと言われてもなあ…とおもう。
 
仕方なく、なにか書きたいことがあるか、
以前書きとめていたメモを見る。
そこには、いろいろと書きとめてあるが、
作文のアイディアにも
消費期限があり、
メモを残した当時ではホットな話題も、
今となっては広げる事が難しい。
 
ノートをぼんやり眺めていると、
「どうしたの?ノートみてよ!
いっぱい書いているじゃない。
すごいね、書くことあるじゃん。
なんでもいいんだから、
書いてみよう」
と大人から励まされる。
 
ないものはないんだから、
仕方がない。
そういうモードの時に、
なんとかネタを考えようと
ぼやぼやしていると
すぐ時間が経ってしまう。
 
こういう時間が本当にもったいない。
 
作文を促す大人も、
残念そうな、困惑したような顔で
「こりゃ、どうしようもない。」
とつぶやいて、帰ってしまう。
 
はたして、ぼくに作文を
自然に書かせるには
どうしたらよかったのか。
 
むむむ。
 

 
これじつは…「大人」の役回りを
じっさいに僕自身が
やっているのではないか、
という気がしております。
 

 
3歳くらい子に向けて
ワークショップすることがあるんだけど、
場合によっては、内容がその子の
興味にはまらないこともある。
 
魅力的な導入と、わくわくする演出を
導き出せば楽しんでくれる
かもしれないけど、どうしても、
そうもいかない子がいたりする。
 
そんなときに、
僕自身が、その子に
「やってみなよ」とか
究極につまらない発言を
してしまう。
 

 
話が変わるけれど…
大人になって一人で
仕事をするようになると
自分の好きなように予定を
組み立てられるし、
かなり気まぐれ行動が許される。
 
だけど、小さい時って意外と
周りからの制限が大きくて、
集団行動をせざるを得ない
状況ってけっこうある。
 
ワークショップですら。
やりたくないと、ちがうなと
おもっても、とにかく
同じ場所に座ってないとならない。
 
一方でフリーランスなら、
ある程度の猶予を考慮すれば、
ちょっと今はやめにして
あとでやろう。とか思っても
差し支えなかったりする。
 
自分がある程度自由な立場に
なったからこそ、
子ども時代の制約には
恐ろしさすら感じたりする。
大変だよな。と。
 
そんな大変な子に、
どうしたら、やりたい!と
おもってもらえるような
ものを作れるか…。
子ども心を導けるような。
 
そこを真剣に考えないと、
まずいんじゃないか、
という気がしています。
 
ちょうちょのために ドアをあけよう
ルース・クラウス 文 、
モーリス・センダック 絵 、
木坂 涼 訳
 
この絵本は参考になるかもしれないな。

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